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憎悪を心に秘めて

 古代ローマ帝国の没落の理由について、研究者や歴史家たちは数多く挙げる。 例えば、「ローマの没落は、旧い価値観が段階的に崩壊したことが原因である」という。これは、その価値を誰がどうやって崩壊させたかについて説明していない。価値観の崩壊というのは抽象過ぎてその内容が不明である。 また、ローマ帝国没落の理由のもう一つの理由として、「野蛮人がローマを襲撃した」というのがある。確かに、この方は分かり易く、...

宗教的不寛容

 紀元2世紀の歴史家タキトゥスはユダヤ人のことを、「彼等の習慣は卑しく忌まわしく、彼等がその習慣に固執するのは、彼らが腐敗堕落しているからである。」と書いている。 ローマ人は度々ユダヤ人を排除しようと試みた。だがその度に、ユダヤ人は必ず戻ってきた。ローマが当時、世界の富の中心だったからだ。昨日書いた通り、これほどの富から、ユダヤ人を引き離しておくのは不可能なことだったのである。 皇帝ティベリウス(...

恥ずべき一派

 ユダヤ人は割礼をする。しかし、その割礼のゆえにユダヤ人はローマ人に侮られた。ところが、そのユダヤ人達はローマ帝国を滅ぼした。 315年、皇帝コンスタンティヌス大帝(在位306~337年]はユダヤ人を排撃する最初の勅令を出し、その中で、彼はそのユダヤ人を「あの恥ずべき一派」と表現した。「あの恥ずべき民族」とは言ってない。ユダヤ民族ではなく、あくまでもその「一派」なのである。 この勅令は、ユダヤ人が...

身分証明書

 あるローマの学者は、ユダヤ人であることの証しについて次のように書いている。 「ユダヤ人の分裂は人種間のものではなかった。モーゼの律法に忠誠を誓うものと、それを拒絶するものとの間の分裂であった。あらゆる人種の者が、もし望むならば、(ユダヤ人によって)ユダヤ社会に受け入れられるであろう。ただし、不可欠の条件として割礼を受け入れるならば、である。割礼のゆえにユダヤ人はローマ人に侮られたのである」 もっ...

ギリシャの次は当然ローマとなる

 アレキサンドリアはギリシャ帝国末期に栄えたエジプトの大都市であるが、ユダヤ人はこの都市を破壊し、終いには自分たちの悪さの痕跡を残さないように、当時は世界最大規模であったアレキサンドリア図書館を破壊し蔵書は悉く焼いた。ユダヤ人がヘレニズム文化を解体させたのは、ここに於いてであった、とカシュタインも書いている。 こうしてギリシャ文明が衰退すると、ユダヤ人は今度はローマを汚染し始めた。その時一番栄えて...

次なる餌食・ギリシャ

 エジプト、バビロニア及びペルシャの文明は、ユダヤの裏切りと転覆工作によって、次々と崩壊していった。そして次ぎにユダヤの寄生禍の矢面に立ったのは、ギリシャであった。 歴史上、ユダヤ人とギリシャ人ほど真っ向から対立した民族はないと言われる。ユダヤ人はいつの時代もギリシャ文化に対して大きな憎しみを抱いてきた。ギリシャ人(市民)は、歴史上、文明化された紳士・個人の上品さの代表であったが、一方のユダヤ人は...

王妃エステル

昨日に続いて ペルシャ人(非ユダヤ人)の大虐殺がペルシャ帝国全土で行われた。 これはアハシュエロス王が、「どの町にいるユダヤ人にも、ユダヤ人の命を守るためにユダヤ人は団結して、彼らを襲う恐れのある民や軍隊を、その子供や親族も含めて、残らず殺害し根絶やしにすること」を許したからであった。また、王は彼らの財貨を奪うことも許した。 これはユダヤ人モルデカイが、宰相ハマンを処刑した後、ハマンに代わってアハ...

宰相ハマンの悲劇

 宰相ハマンは,ペルシャ王国の全ての州に、離ればなれに住んでいるユダヤ民族だけが、国の法令を一切守らないので、そのままにさせておくことは、国のためにならないから、彼らを滅ぼしてよいとの了解を得た。このままにしておくと国は滅んでしまうと進言し、了解を得たのであった。 ところで、宰相ハマンらは知らなかったが、王の最愛の妻エステルは、ハダッサという名の隠れユダヤ人で、モルデカイというユダヤ人指導者の姪で...

国盗り物語

 人類の文明の歴史上、あらゆる時期を通じて,ある特殊な問題が、一貫して存在し続けている。それがユダヤ問題である。3千年続いたエジプト王朝が崩壊し、中東に起きたメソポタミア文明も同じようにして滅んだ。そして、その後世界で勃興してくる王国・帝国も全てこの同じユダヤ問題で滅んで消滅していった。 現在はそのユダヤ人達が、あらゆる王国・帝国を潰して自分たちの世界支配体制を築き上げた。その支配の中枢が奥の院で...

バビロニアの末路

 ペルシャのキュロス大王庇護のもと、ユダヤは、バビロニアの住民からの略奪を許された。キュロス大王がペルシャに持ち去らなかった富は全て、ユダヤ人の財産になった。その結果、ユダヤ人はバビロニアにおいて、裕福で勢力のある支配者階級を形成したのである。しかし、彼等はこの地域の民のための国家を作ることはしなかった。 ただこの時期、彼等はユダヤの倫理を成文化し、それが『バビロニア版タルムード』として書き記され...