Entries

奥の院はユダヤ人?

奥の院の総帥はユダヤ人である。そしてその取り巻きの核心部分もほぼユダヤ人である。しかし、あらゆるユダヤ人が奥の院とも限らない。その外に多少非ユダヤ人もいる。勿論、大富豪で、なかなか正体を現すことはない。ウキペィアなどでは、銀行家とか、財政家、慈善家と出てくる。

奥の院の核心部分はほとんど総帥(大王様)の直系子孫であり、そうでない場合も縁戚関係にある。核心部分の庶子も、結構入っている。
大王様の庶子であるオーガスト・ベルモントはアメリカに派遣され、ペリー提督の娘キャロライン・ペリーと結婚した。ペリー提督は黒船で日本にやって来て、砲艦外交で日本の鎖国を打ち破った男である。
つまり、日本の門戸をこじ開けたペリーも、結局は奥の院の総帥大王様がペリーを派遣してこじ開けたのであった。そして、その後奥の院企業であるジャーデン・マセソン商会横浜支店を開設し、日本侵略を開始したのであった。

幕府、薩摩、長州など、それぞれが遣欧使節団を出している。その費用は奥の院であるジャーデン・マセソん商会が幕府や藩に貸し付けて、渡欧させているのである。欧州がいかに文明が進んでいるかを見せつけることによって、遣欧使節団には「日本は遅れている」と思わせ、洗脳した。

ジャーデン・マセソん商会は、その後、グラバーに長崎代理店を作らせ、南北戦争で余った武器を日本に運び、坂本龍馬らを使って、日本の幕府や薩摩や長州に売り歩かせた。結構良い商売をしたのである。
そして、よく行けば日本に内乱を起こさせて、戦争を起こさせたかったのである。幸いにして、日本では国を2分する争乱は起きなかった。戊辰戦争では徳川慶喜が大政奉還したので、奥の院のつけいる余地をなくしたとも言えるであろう。

一方、米国でのベルモントは、全米で企業買収を繰り返し、ディロン・リードなどの全米の金融機関を支配下に収めていく。ペリー家やモルガン家と結びつき、ボストン財閥を形成し、1856年には米民主党党首となり、奥の院の米国支部総帥として、米国の支配者となっている。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する