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リンカーンとケネディ

アメリカ合衆国憲法は第8条で通貨発行権は議会にあると規定している。アメリカ下院議員ロンポールも「連邦準備銀行を廃止せよ」という本を書いてこれを指摘している。にもかかわらず、アメリカでは民間銀行(奥の院銀行)が通貨を発行しているので、この二人の大統領は、これを止めて政府通貨を発行しために暗殺された。「連邦準備銀行を廃止せよ」という本を書いたロン・ポールは次の選挙で落選させられた。
 
リンカーンは南北戦争の戦費調達のために、憲法に基づいて政府紙幣を発行した。そして南北戦争が終結し、大統領2期目に入った直後の1865年、フォード劇場で妻メアリーと観劇中に、すぐ後1メートルの至近距離から、俳優のジョン・ウィルクス・ブースに射殺された。背後で操っていたのがジュダ・ベンジャミン(ユダヤ人)であった。彼はリンカーン大統領暗殺事件後はロンドンに逃亡し、ロンドンで第二の人生を送り、法廷弁護士(バリスター)となって、最後はイギリス王室顧問弁護士にまで出世した。
 
1963年11月22日、ケネディはやはり政府通貨を発行し暗殺された。
彼はリー・ハーヴェイ・オズワルドにビルの5階から狙撃されて殺害され、そのオズワルドは犯行2日後に、ジャック・ルビー(ユダヤ人)に警察の地下駐車場で射殺された。その時のルビーの犯行現場の写真は公開されている。しかし、一方のオズワルドの犯行については明らかではない。これについては、オズワルド犯行説以外に諸説ある。
その後、1967年1月3日、ルビーは肺がんで病死している。奇妙なことに、ケネディ、オズワルドが手当を受けた同じパークランド病院で死去した。つまり、ケネディ、オズワルド、ルビーと3人とも同じパークランド病院で死去しているのである。偶然にしてはできすぎている。
 
事件後、最高裁判所長官アール・ウォーレンを委員長とするウォーレン委員会が設置され、20000頁に及ぶ浩瀚なウォーレン委員会報告書が作成され、1964年9月ジョンソン大統領に提出され、事件から1年も経たないのに早々に事件は終結した。誰も読めないので、実質迷宮入りも同然である。オズワルド、ルビーの二人とも退役軍人であった。
 
アメリカ合衆国という大国の大統領が白昼堂々と射殺されるという、しかもその犯罪が、方や犯人が堂々と逃亡し、その後の人生は功成り名を遂げている。方や事件は実質迷宮入りとなった。
 
両大統領が、結果としては、命をかけて発行した政府通貨は、いずれもその後発行停止となり、既発行の通貨は回収された。これで、アメリカでは、いや、世界中で、奥の院の銀行以外の銀行が、あるいは国家が、通貨を発行することは不可能になったと言えるであろう。
奥の院の祖マイヤーが、200年以上前に「国はどんな法律を作っても構わない、通貨発行権さえ私にくれれば」といったが、その通りになって、今や奥の院が基軸通貨発行権を独占し、世界を支配している。
 
彼らは世界中に火をつけて廻り、戦争を引き起こし、戦費調達のために国家に借金させ、通貨(信用)需要を作って、あらゆる国家を借金漬けにする。つまり、通貨需要を作るために世界中で戦争を引き起こす。そして、国家を破綻に追い込んで潰し、世界単一国家を目指しているのである。国家は戦うか、奥の院の奴隷になるかの選択に迫られるのである。奥の院の奴隷になると言うことは、実際には、国連とその他の国際機関に、国家の権限を次々と引き渡すと言うことである。
あのスエーデンの小娘グレタに国家首脳が罵られているが、あの姿がそれを見せてくれている。あのクレタのすぐ後に、奥の院というジャイアンがいるのである。奥の院がクレタというお面を被って、地球温暖化問題の洗脳をしているというのが事実である。ゆめ騙されること勿れである。
 

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