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22日の続き

目の前にいたのは夫だった。

  彼女は企て(陰謀)のことを一切知らなかった。彼女は夫同様、アバンチュールを楽しんでいるだけだと思っていたから、夫との鉢合わせを不運な偶然だと考えた。騒動が持ち上がった。夫にはクラブのホステスの役割が知らされた。しかし彼はそれを一切口外できなかった。政府の高官である彼が渦中の人物となるわけにはいかなかった。

 クラブの従業員は、男性も女性もスパイであり、クラブで生じたことを逐一雇い主に報告させられていた。出入りした人物の素性は筒抜けになり、「ブラックリスト」として知られるノートに記録された。この「ブラックリスト」には、しなければならないことをしなかったり、してはならないことをした記録はもちろん、その他にもその人物の欠点、弱点、経済状況、家庭状況、縁者や友人への愛着の度合いなどが記録された。

 1916年11月、議会の一部の議員が「グラスクラブ」の真相を暴こうとした。敵に有利になる情報を提供するよう強請られたことで、クラブの常連だった3人の軍幹部が、クラブは大諜報組織ではないかとの疑いを抱いたのである。

 3人がクラブで接触したのはオーストリア人女性一人とその運転手、そして複数の政府高官の妻及び令嬢だった。
 真相を明らかにしようという試みは、様々な圧力を受けたものの、「ブラックリスト」は議会でも新聞でも取り上げられた。政府の対応は、陸空海軍とも厳しい局面にあるとき、このようなスキャンダルが持ち上がれば、国家の一大事ともなりかねないという主張を楯にとっていると言われた。

 奥の院系の新聞(リベラル系新聞)は首相を攻撃し始めた。役職に就くに相応しくない人物を政府内に留まらせていると首相を非難した。さらには戦争以前に、彼がドイツの企業経営者及び銀行家と包括的取り決めを行ったことも、ドイツ皇帝と親しいことも、迅速にきっぱりと決断を下せないことも非難した。

 勅書送達吏の私を脅したこの情報提供者は、「グラスクラブ」スキャンダルに関わった高官に不利に働く証拠が、アスキス政府の総辞職を引き起こしたと語った。その情報提供者によると、英国は世界大戦のさなかに、政権交代をせざるを得ないはめに陥ったという。
 1916年12月、アスキス伯爵は辞職し、ロイド・ジョージを首班とする連立内閣が成立した。ウィンストン・チャーチル、バルフォア伯爵はその中心メンバーだった。

 この情報を得て間もなく、私は先の3人の軍幹部が公式リストでは「戦死」と記録されていることを知って衝撃を受けた。戦時中だから戦死は珍しくはないが。
 続いて、前述のオーストリア人女性とその運転手が国土防衛法によって投獄されたことを知らせるメモが届き、更に、この件に関わった議員が公職を引いたという発表があった。
 数週間後、私も国王の勅書送達吏の仕事を外され、英国潜水艦の航海長に任じられた。この職務のもとでは、乗組員は将校、部下の3分の1は命が失われたが、私は幸い生き延びた。

 この後は、ロイド・ジョージ内閣のもと、第一次世界大戦は多数の国を巻き込んでの総力戦と変わっていった。兵士も民間人も含めた犠牲者が桁違いの数となったのである。
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