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大王様の妻・グトレ

 大王様の祖マイアーの妻は、ザロモン・シュナッパーの娘グトレである。

 シュナッパーはマイアーと同じフランクフルトのユダヤ商人で、本名はザロモン・バルーク・シュナッパーといった。ザクセン=マイニンゲン公の御用商人で宮廷ユダヤ人の一人であった。ザクセン=マイニンゲンはザクセン諸公国の1つである。

 娘のグトレがマイアーに嫁ぎ、フランクフルトのロスチャイルド家を継いだマイアーの長男アムシェルら5人兄弟の生みの母として、夫マイアーが死去した後、ロスチャイルド家に静かに君臨する。

 彼女は1770年に17歳でマイアー(26歳)に嫁ぎ、5人の息子と5人の娘を儲けた。全部で20人の子を儲けたとも言われている。
 1812年に夫のマイアーが死去するが、彼女はその後1849年まで37年間、マイアーの5人の息子たちの母として、ロスチャイルド家を見守る。表向きは全く目立たない存在として歴史の片隅に置かれている。

 しかし彼女は「私の息子たちが戦争を望まなかったら、戦争は1つも起こらなかったでしょう」という言葉を残した。事実かどうかはともかく、その後の1848年欧州大革命まで、歴史はその通りとなっている。
 一方、夫のマイアーは「私はいつでも、どこででも戦争を起こすことが出来る。起こした戦争をいつ終わらせるか、どちらを勝たせるか、戦後の講和条約をどうするかも、私が決める」といっていることに符合する。

 グトレの実家ザロモン・バルーク・シュナッパー家の末裔にバーナード・バルークがいる。彼については後にまた書くことにするが、ウッドロー・ウィルソン大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領の側近として世界を動かした、影の王者であったことだけここに記しておく。

 ロスチャイルド家のいたフランクフルト・ゲットー(ユダヤ人自治区域)には、このシュナッパー家の他にオッペンハイマー家、シフ家、ゴールドスミス家、バルーク家など、欧州の王家に仕える宮廷ユダヤ人がたくさんいた。彼らが後に大王家を中心とした奥の院を形成し、世界を支配することになった。

 大王家の祖マイアーは1812年に死去するが、ロンドンに派遣した3男のネイサンが、その直後1815年にナポレオンを潰して奥の院の中心となり、欧州の覇者となっていった。その裏に、ネイサンら5人兄弟の母としてグトレがいたことが大きかった。

 彼女の存在がなければ、昨日記したマイアーの遺言がしっかり遵守されたかどうかは疑問である。その意味ではこの母グトレが、奥の院の影の生みの親と言えなくもない。
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