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ロスチャイルド家第二代

 1812年、マイアーが死去し、子供の世代に入った。
 日本では文化9年、第119代光格天皇の御世である。この後、仁孝天皇、孝明天皇、明治天皇と続く。即ち、世界の大王家初代(ロスチャイルド家初代)が、日本の天皇119代、世系71(天照大神71世)である。

 長男アムシェル・マイアーは39歳でフランクフルトに、次男ソロモンは38歳でウィーンに、3男ネイサンは35歳でロンドンに、4男カールは24歳でフランクフルト(後ナポリに移住)に、5男ヤーコフは20歳で、父マイアーが死去する前年1811年、ジェームズと改名してパリに移住していた。

 ロスチャイルド家はこの時既に欧州一の資産家になっていた。1806年、ナポレオン率いるフランス軍がフランクフルトにも侵攻してきて、お得意先(融資先)のヘッセン=カッセル方伯はユトランド半島南部のシュレースヴィッヒ公国(現在デンマーク)に亡命した。

 ロスチャイルドの銀行は方伯から留守中の資産管理を任された。この時は長男であるアムシェルは次弟ソロモンと共に、既に父マイアーのパートナーとなっている。
 二人は父と共に方伯選帝侯の債権を回収して廻ってこれを届けていた。しかしそのうち、フランス当局の監視も厳しくなり、回収した資金はロスチャイルド家に渡さず、投資信託させるようになった。

 同時にまたこの頃、ナポレオンが大陸封鎖令を出したので、前に記した通り、アムシェル兄弟はイギリスと大陸の間の密貿易で巨利を得ることになる。方伯の亡命した先のシュレースヴィッヒ公国が、ユトランド半島の付け根に位置し、現在のドイツとイギリスとの交通の要所でもあったので、地政学的にも貿易には好都合であったことが幸いしている。

 イギリスの綿製品、毛糸、染料やイギリス植民地の煙草、コーヒー、砂糖などを持ち込んだのである。しかも封鎖令でイギリスでのこれらの価格が大暴落していたので、利益は大きかった。

 また、長男アムシェルは神聖ローマ帝国の国有郵便事業を行っている「帝国郵便」との取引を一人で任され、欧州の郵便事業に深く関与する。ここで欧州での郵便事業にロスチャイルド家が関わったことは、その後のために大きな利益となっていく。
 この後、次々と起きる(起こす)欧州での戦争や革命に関する情報を独占することになり、ロスチャイルド家の支配力源泉の1つになった。この時期に既に彼は情報戦を制していたとも言える。

 父マイアーはこの世を去る直前「マイアー・アムシェル父子会社」(M・A・ロスチャイルド&サンズ)を設立し、出資金はロンドンにいたネイサン以外の4人兄弟が出している。大陸封鎖令でイギリスと大陸の交流が困難だったため、イギリスにいたネイサンだけは出資者に入っていない。
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