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15日の続き

日本が戦った相手は米国ではない。奥の院の大王様である。戦ったのが米国であり、英国だというと、戦争を起こした張本人である奥の院を隠すことになる。奥の院としては願ったり叶ったりであろう。彼らは身を隠すことが出来る。日本人大虐殺という奥の院の戦争犯罪を米国の戦争犯罪に出来るのである。日本の戦った相手は米国でも英国でもなく、奥の院であるという認識が極めて重大である。

フランクリン・ルーズベルト、バーナード・バルーク、ジョージ・マーシャルは、近づきつつある大日本帝国海軍機動部隊の攻撃に関する全ての情報を、米国太平洋方面指揮官に漏れないよう入念な措置を講じた。
 もし彼らが真珠湾にいる米国艦隊に警告を発していたら、日本は攻撃しなかったと言うことである。ルーズベルト大統領ら奥の院は日本の真珠湾攻撃を奨励したのである。大統領自身、自国の何千人という若い兵士や船員たちを殺したのである。レオン・トロッキーが口癖にしていた通り、「卵を二,三個割らなければ、オムレツは作れない」であった。

 それから、ルーズベルトは真珠湾の司令官だったキンメルとショートとを、攻撃に対する準備が出来ていなかったと「重過失」の嫌疑で軍法会議にかけた。後日、キンメルの息子は、任期切れ寸前のジョージ・ブッシュ大統領に父親の特赦を嘆願した。ブッシュは「私には歴史を書き換えることは出来かねる」といって、素っ気なく断った。ブッシュも奥の院が怖かったのである。

 戦後ダグラス・マッカーサー将軍が日本占領連合軍最高司令官となったとき、彼は新たな経済の絶対支配者としてウィリアム・ドレイパー将軍を帯同した。ドレイパーはウォール街の銀行ディロン・リード社(奥の院企業)の共同経営者であり、同社は1924年に1億2千万ドルの債券を発行することによりドイツを再軍備へと踏み切らせ、第二次世界大戦への道を避けられないものとした。戦争を起こすのは奥の院である。

 ドレイパーの会社ディロン・リードを率いていたのはクラレンス・ラポウスキーだったが、彼は自分の名前をディロンと改名したのである。ディロンはテキサス出身のユダヤ人で、その息子C・ダグラス・ディロンはのちにケネディ大統領の財務長官となった。そしてC・ダグラス・ディロンの娘は結婚してヨーロッパの貴族となっている。

 第二次世界大戦後、ドレイパー将軍の指揮の下で日本経済は、ドレイパーの本当の主人ロスチャイルド家(大王家)が策定した財閥解体などの路線に沿って再編された。
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