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マイアーの4男カール・マイアー

 ウィーン会議のあと、イタリアは小国に分裂していたが、1820年カルボナリがナポリ革命を起こし、これを鎮圧するためにオーストリア軍がナポリに侵入して来てナポリを占領した。

 これを好機として大王マイアーの4男カール(33歳)はナポリに移住し、翌1821年イタリア・ロスチャイルド商会を設立した。ロスチャイルド5人兄弟が設立した最後のロスチャイルド商会であった。
 1812年には父・マイアーは死去しているので、彼のナポリへの移住は兄弟が話し合ってのことだったのか、マイアーの方針を子供たちが実施したのかは分からない。彼ら兄弟の母グトレ(ビッグママ)の指導・指示があったということも考えられる。

 カールの長女シャルロットはカールの兄ネイサンの長男ライオネル・ド・ロスチャイルド(ロンドンロスチャイルド家2代当主)と結婚している。これも従兄同士の近親結婚である。

 カール・マイアーの長男のマイアー・カールと3男ヴィルヘルム・カールはフランクフルトの伯父アムシェル・マイアーに子供がなかったので、イタリアからドイツに戻り、フランクフルトの本家アムシェル・マイアーの事業を継承した。ナポリの父カール・マイアーのイタリア・ロスチャイルド商会は次男のアドルフ・カールが継いだ。あくまでも一族で事業継承を行う。

 父はカール・マイアーで、その長男はマイアー・カールと同じような名前でややこしくなる。彼らの祖マイアー・アムシェルの長男がアムシェル・マイアーで、同じようにややこしい。

 事業は家族で継ぐ、結婚は同族近親でするというロスチャイルドの祖マイアーの遺言が守られている。此の家訓を初期のロスチャイルド家がさかんに実行している裏には、マイアーの妻グトレの存在が大きかったものと思われる。
 此のビッグママ・グトレの実家バルーク・シュナッパー家の末裔にフランクリン・ルーズベルトを使って、先の大戦を引き起こした黒幕バーナード・バルークがいる。これもまた浅からぬ縁である。酷い目に遭わされた日本人は、この人たちのことをほとんど知らない。

 また、カール・マイアーにはオーガスト・ベルモントという庶子がおり、彼が第2合衆国銀行なき後のアメリカに派遣され、アメリカにおけるロスチャイルド家の事業を立ち上げることになる。
 先にも既に書いたが、此のベルモントがキャロライン・ペリーと結婚し、義父となったマシュー・ペリーを日本に派遣することになった。

 従って、ナポリのイタリア・ロスチャイルド家は、その祖カール・マイアーの庶子ベルモントを通じて日本は、良かったのか悪かったのかは別として、ロスチャイルド家との浅からぬ縁が出来た。
 ただし、ベルモントの事績については、彼がカールの庶子であったためか、あまり歴史に残っていない。むしろその子のベルモント2世からの歴史が残されている。
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