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ワーテルローの戦い

1815年(光格天皇の御世)6月18日、ベルギーのワーテルローで奥の院がナポレオンを潰した戦争である。
3年前の1812年初代大王様マイアー・アムシェルが死去し、ロンドンにいた息子のネイサンがナポレオンと最後の決戦をした。
この年2月26日、ナポレオンが流刑地のエルバ島を脱出して3月1日復帰した。慌てた大王ネイサンは早速欧州全ての国に資金を貸付け、膨大な連合軍を編成しワーテルローで対峙させたのである。

この戦いの勝敗をロンドンにいた大王ネイサンは、誰よりも早くその日のうちに、彼だけに分かるよう通信手段を調えていた。翌朝ロンドン証券取引所に現れたネイサンは悲愴な顔をして、持っている証券を全て売り払った。これを見た周囲の者は、彼が投げ売りをすると言うことは、ワーテルローの・戦いはナポレオンが勝ったことを意味する、大王側は敗北したと思い、我先にと皆売った。
そしてその日の夕方、引けにかけて大王様は朝売った全ての証券を買い戻した。大王様は是の日1日で資産を2500倍にしたとも言われている。逆にこれで大損した貴族たちは、みな大王様に借金する羽目になった。

破産状態に陥った貴族たちは大王様ロスチャイルドの軍門に下る。この戦いは非ユダヤ人のユダヤ人(逆ではない)からの独立の終焉を意味した。
あのチャーチル家(マールバラ公ジョン・チャーチル→ランドルフ・ヘンリー・スペンサー=チャーチル卿→ウィンストン・チャーチル)も大王様の奴隷と成り下がったのである。
チャーチル一族はこの時から大王様の僕となり、奥の院に深く入り込んで、先の大戦ではフランクリン・ルーズベルトと共に、大王様の手先として日本潰しに奔走したのである。

 大王様は「私はイギリス国がどんな傀儡を諸国の王位に就けようと、あるいは太陽の沈まぬ帝国を治めさせようと、そんなことは一切気にしない。大英帝国を支配するのは通貨供給を支配する者だ。それは私だ!」と宣言した(ネイサン)。
この時点で、既に大王様はイングランド銀行を所有していたのである。

 6月22日、ナポレオンは退位し、エルバ島脱出からの百日天下が終了した。
 7月31日、ナポレオンは今度は大西洋の真ん中のセントヘレナ島へ流され、のちにそこで毒殺された。奥の院にとっての邪魔者は排除されたのであった。

欧州世界は奥の院の一極支配となり、ヨーロッパ文明の偉大な時代は、この時突如として終わりを告げた。もはやシェークスピアやベートーヴェン、ゲーテのような文化的巨人は、どこにも見当たらなくなった。
 ここでスイスの永世中立国化が承認される(承認させた)。スイスは奥の院が戦利品を安全に保管する場所として造られ、同時にまた、奥の院が世界制覇を成し遂げるための世界革命を計画する地であり続ける。のちレーニンの封印列車もここからロシアに送り出されることになる。

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