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ロスチャイルド2世・3世

 1855年12月、フランクフルトのロスチャイルド商会本家を引き継いだマイヤーの長男アムシェル・マイアーが死去した。
 
 彼には子供がいなかったので、遺産は兄弟とその子が相続した。
 末弟でパリにいた5男ジェームズ、次男でこの年7月に死去したオーストリアのザーロモン・マイアーの長男のアンゼルム・ザーロモン、1836年に死去したロンドンの3男ネイサン・マイアーの4人の息子たち、この年3月に死去したナポリのカール・マイアー3人の息子たち、計9人が相続した。ここで女子は相続していない。
 
 アムシェル・マイアーの事業は、ナポリにいてこの年3月に死去した4男カール・マイアーの2人の息子マイアー・カールとヴィルヘルム・カールが継いだ。カールの息子アンセルムは前年1854年に死去しているので残った2人の息子が引き継いでいる。
フランクフルトのアムシェルの遺産は兄弟と兄弟の子供で男子が平等の相続し、事業は4男カールの子供が継でいる。これは彼らの父であるマイアーの遺言通りだったのである。
一方、この年7月に死去したオーストリアのザーロモン・マイアーの事業は、彼の息子のアンゼルム・ザーロモンが継いだ。
 
 また、1855年3月に死去したナポリの4男カール・マイアーの遺産はカールの長女のシャルロットが7分の1を、残りは3人の息子が相続し、カールの事業は次男のアドルフ・カールが継いだ。長男のマイアー・カールと3男のヴィルヘルム・カールが伯父アムシェルの事業を継いでいたからである。
 
 フランクフルト本家のアムシェルが死去した1855年は、ロスチャイルドの祖マイアーの子供は末弟のジェームズだけであった。あとはマイアーの孫たちの世代(ロスチャイルド3世)となっている。当然のことであるが、ただ一人残った末弟のジェームズ・ロスチャイルドがロスチャイルド家の当主的存在であった。
 
 この年7月に死去したオーストリアのザーロモンの子供は1男1女(アンゼルムとベッティ)で、息子のアンゼルム・ザーロモンはロンドンの叔父ネイサンの長女シャーロットと結婚し、4人の息子、4人の娘に恵まれた。
 娘のベッティはパリの伯父ジェームスに嫁いでる。そしてこちらも4人の息子と一人の娘に恵まれた。それぞれロスチャイルド2世と3世の近親結婚である。
 
 この時期、欧州では同時革命が終わって、各国ともに奥の院の傘下に入った国が立てられている。ユダヤ人暴動により、欧州各国で多くのユダヤ人が閣僚の地位に就いた。
たとえば、ユダヤ人のカウフマンは『ユダヤ民族の偉大な時代と思想』で
 「ユダヤ人の解放がこの一世紀に亘って実行されてきたフランスでも、新内閣に二人の高名なユダヤ人が含まれていたのは驚くに値しない。一人はミシェル・ゴショリー蔵相、同様に重要な法務相は、ユダヤの権利の筋金入りの闘志アドルフ・クレミューの手に引き渡された」と書いている。
 奥の院の世界支配に向けて戦争に次ぐ戦争の時代を迎えた。
 
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