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ライオネル・ロスチャイルド

 ライオネル・ロスチャイルドは、祖マイアー・アムシェルの3男ネイサンの長男(ロスチャイルド3世)である。父ネイサンはフランス革命が終わったあと、1798年に21歳でイギリスのマンチェスターに移住した。
 その後1804年、更にロンドンに移住し、1806年イギリスのユダヤ人大富豪レヴィ・コーエンの娘ハナ・コーエンと結婚し、4男3女に恵まれた。

 父ネイサンが1836年に死去し、長男のライオネルがネイサンの後を継いでロンドン・ロスチャイルド2代当主となる。従って、ライオネルは祖マイアーの孫であり、ロスチャイルド3世である。

 父ネイサンが1836年に死去したので、ライオネルは28歳でロンドン・ロスチャイルド家の当主となった。1811年に父ネイサンが設立したN・M・ロスチャイルド&サンズもライオネルが継承した。この銀行の名前は「ネイサン・マイアー・ロスチャイルドとその息子たち」で、ロスチャイルド家の一族経営を命じた家訓そのものである。

 ロンドン・ロスチャイルド家の当主となったのが28歳と若かったので、この時はパリの叔父ジェームズ(44歳)がロスチャイルド家の当主の役を担った。

 1853年にはイギリス政府、フランス、トルコに資金を融資してロシアと戦争させている(クリミア戦争)。英国政府、フランス、トルコはこの戦争で、奥の院から多額の借金を背負うことになった。

 またライオネルは晩年の1875年、ディズレリーに言われ、イギリス政府に資金を出してエジプトのスエズ運河株を買い取らせている。イギリス政府がライオネルから借金をして運河を買い取ったのである。イギリス政府(国)に大きな買い物をさせ、その資金を貸し付けて利息を取るという商売は、奥の院のいつも変わらぬ商売である。

 ライオネルは4歳年長のユダヤ人政治家ベンジャミン・ディズレリーと極めて親しい関係にあり、ディズレリーはライオネル邸に入り浸っていたと言われるほどであった。
 ライオネルは1879年に、ディズレリーは1881年にそれぞれ死去しているので、ほぼ同時期にこの世を去ったが、1868年にパリのジェームズが死去したあと、奥の院はこの2人が取り仕切っていた。

 ライオネルは1847年から1874年まで庶民院議院に議席を持っていたが、あまり登庁することはなかった。彼にとっては議会など、使いたい時に便宜に使うに過ぎないのである。
 ディズレリーは大蔵大臣、首相を何度も務め、庶民院議院、貴族院議院に席を持ち、イギリスの政治、経済を差配している人物の一人であったが、その上にライオネルが奥の院のドンとして、座っていたということになる。

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