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大王様の祖

マイヤー・アムシェル・バウアーバウアーは1744年、マイヤー・モーゼス・バウアーの子として誕生した。父のモーゼス・バウアーは息子の誕生した後、フランクフルトに定住した。それまでは東欧を転々としていた。
息子アムシェルが11歳の時モーゼスは死去した。そして数年後、息子のモーゼスはオッペンハイマー銀行に勤務し、金融業者としての道に乗りだした。

1750年に父が起こした金貸し業を事業継承し、門に赤い楯(ロートシルト)を掲げた。そしてマイヤー・アムシェル・ロートシルト(ロチルド、ロスチャイルド)と名乗ることになる。赤い楯の赤が後の赤旗の元祖である。共産主義の象徴である赤も元祖はこの大王様であることがよく分かる。

彼は5人の息子に恵まれた。それぞれ金融業を学ばせ、長男のアムシェル・マイヤー・バウアーはフランクフルトに残り、次男のザロモン・マイアーはウィーンに、3男ネイサン・マイアーはロンドンに、4男カール・マイアーはナポリに、5男のジェムズ・マイアーはパリにそれぞれ派遣され、その地で金貸し業を営んだ。その地の王家に金を貸し付けることを業としたわけである。

5人の息子たちはそれぞれの地の王家に金を貸して、それぞれの王家同士を争わせ、戦争を起こさせては国の借金を膨らませ、金儲けに励むと同時に、それぞれの王家の財政家(大蔵大臣)として重要な地位を獲得していく。このように宮廷に入り込んだユダヤ人のことをホフユーデン(宮廷ユダヤ人)という。

国を借金漬けにして、首が回らなくして、その国を支配するというビジネスモデルがここに誕生した。もっとも、このビジネスの原型は太古の昔からのユダヤ人が行っていた商売一つであったが。
そしてこの支配体制が現在も続き、彼らは今や世界を支配するようになrり、これが現在の奥の院なのである。

奥の院の商売は戦争である。戦争がなかったら彼らは商売あがったりということになる。そして副業的な商売として重要な業は麻薬である。戦争と麻薬はこの世からなくならないのはその為である。
しかも、彼らの商売である戦争と麻薬は一般の人は、御法度という仕組みが出来上がっていることは誰もが承知していることで、つまり「誰もしてはいけませんよ、するのは私(大王様)だけ」という世界を造り上げたのである。


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