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アドルフ・カール

 1823年ナポリ・ロスチャイルド家の祖カール・マイアーの息子たち4人兄弟の2男として誕生した。

 兄マイアー・カールと弟ヴィルヘルム・カールは、1855年12月に死去したフランクフルト(本家)の伯父アムシェル・マイアーに子がいなかったので、フランクフルト本家の事業を引き継いだ。

 父カール・マイアーは長男マイアー・カールにナポリの事業を継承して欲しかったようであったが、ここでは父の意思よりも、ロスチャイルド家としての事情が優先されたのであろう。しかも、父カール・マイアーは伯父のアムシェルが死去する9ヶ月前の1855年3月に死去していた。

 こうした事情で、次男のアドルフ・カールがナポリ・ロスチャイルド家の事業を引き継いだ。アドルフ・カールはロスチャイルド4世、ナポリ・ロスチャイルド家2代当主である。
 父カール・マイアーの妻アデルハイト(4人兄弟の母)は1853年に死去し、翌1854年、末の息子のアンゼルム(19歳)が死去したが、父はこれを追うようにして、1855年3月に死去(67歳)した。

 しかし、アドルフ・カールの引き継いだナポリ・ロスチャイルド銀行は1861年に閉鎖され、その資産はフランクフルト・ロスチャイルド(本家)に移された。1821年に開業したナポリ・ロスチャイルド商会の資産は、フランクフルト本家に引き継がれたのである。
 父カール・マイアーの遺産は、ロンドン・ロスチャイルド家3代当主ライオネルに嫁いだ姉シャルロットが7分の1を,残りは息子たち3人が均等分配した。

 父カールには庶子としてオーガスト・ベルモントがおり、彼がロスチャイルド家代理人としてアメリカに派遣された。そして彼がキャロライン・ペリーと結婚し、父(義父)ペリーを日本に派遣したので、日本に馴染みが深い(令和2年1月27日通信参照)。

 アドルフ・カールは1900年、77歳で死去した。

 


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