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エドゥアール・アルフォンス・ジェームズ・ド・ロスチャイルド

 長い名前である。アルフォンスは父の名前、ジェームズは祖父の名前で、これを加えているので長くなる。

 1868年2月にパリで誕生し、1905年に父アルフォンス死去し、ロスチャイルド4世で、パリ・ロスチャイルド家3代当主となった。彼には姉が一人シャルロット・ベアトリスがいるだけで男兄弟はいなかった。
 母はロンドン・ロスチャイルド家3代当主ライオネル・ド・ロスチャイルドの娘レオノラである。一族内の近親婚が続く。

 ユダヤ人銀行家エミール・アルファンの娘ジェルメーヌ・アルファンと結婚し、2男2女に恵まれた。しかし、長男のエドゥアール・アルフォンス・エミール・ライオネルは5歳で早世し、次男のギー・エドゥアール・アルフォンスがパリ・ロスチャイルド家を継いで、第4代当主となっている。

 1906年38歳でフランス銀行理事になって30年その職にあった。この職にあったことで、彼は1937年パリ・ロスチャイルド家所有の赤字続きの北部鉄道をフランス政府に押しつけ、国有化(SNCF)し、対価として巨額の補償金と国鉄の株式を取得している。

 フランス国鉄(SNCF)の所有者でありながら、赤字から解放されている。赤字は国が補填する。しかも国有にしたと言っても所有関係に変化はない。所有はそのままで、国に運営責任は押しつけている。
 しかし、表面的には彼は北部鉄道を「略奪された」とクレームをつけている。口では文句を言いながら、腹では「美味く行った」とほくそ笑むのである。巨額の補償金を手にして、自分たちの引き起こした第2次世界大戦中は、ニューヨークで悠々自適の時期を過ごしたわけである。

 1940年5月、ドイツが第2次世界大戦を引き起こし、ドイツ軍がフランスに侵攻してくると、彼は妻のジェルメーヌ・アリス・アルファンと共にニューヨークに脱出する。
 3年前に北部鉄道などの所有資産を処分して脱出している。戦争は彼ら(奥の院)が起こすものであるから、そのスケジュールはきちんと把握していたのである。

 第二次世界大戦勃発までは、彼は労働者運動や社会主義運動には批判的であったが、独ソ戦開戦後は一転してソ連を賞賛したという。
 ソ連は彼ら一族「奥の院」が、その前の第一次世界大戦終了直前に、ロマノフ王朝を倒して、造った国であり、言われているような社会主義運動などで作られた国ではない、と言うことを理解すれば、当然の言動であった。決して矛盾などしてない。

 しかし、その後、奥の院は東西冷戦を仕組んで米ソ対立を演出したので、ほとんどの人は誤解して(誤解させられて)いるのである。
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