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ダヴィド・ルネ・ジェームズ・ド・ロスチャイルド

 また長い名前である。パリ・ロスチャイルド家の祖ジェームズの名が入っている。パリ・ロスチャイルド家5代当主である。

 1942年12月、パリ・ロスチャイルド家4代当主のギー・ド・ロスチャイルドの長男としてニューヨークで誕生した。1939年9月第2次世界大戦が勃発し、父ギーが自由フランス軍に入隊しイギリスに渡って、家族はニューヨークに移住していたから、彼はニューヨークで誕生した。そして1945年,3歳でパリ解放後のパリに戻った。
 
 1981年5月、ダヴィッドが39歳の時(父ギーは72歳)、社会党のミッテラン大統領政権が誕生し企業国有化政策をとった。そして、ロスチャイルド銀行も国有化され、「ヨーロッパ銀行」と改称された。

 奥の院はすぐにミッテランの社会主義政策に乗って、フランス国家の支出を増やし、通貨供給も増加させて大インフレを引き起こさせた。フランス・フランは暴落し、フランス経済は破綻した(破綻させられた)。奥の院に楯突いた時に必ず通る道、つまりフランス国家は経済破綻させられたのである。

 ミッテラン政権は2年後には社会主義政策を変更せざるを得なくなった。そこで1984年7月、父ギーとダヴィッドは「パリ・オルレアン銀行」を創設し,ダヴィッド(42歳)が頭取に就いた。ここではミッテランの意地があったのか、「ロスチャイルド」の名前は使えなかったようである。

 1986年の総選挙でミッテラン政権は倒され、ジャック・シラク政権が誕生し、ミッテラン政権時代に国有化されていた財産はロスチャイルド家に返還され、パリ・オルレアン銀行も「ロスチャイルド銀行」に改名した。

 2003年、パリ・ロスチャイルド銀行はロンドン・ロスチャイルド家のN・M・ロスチャイルド&サンズとの連携を取り戻した。そして両銀行を統合して、ロスチャイルド・コンティニュエーション・ホールディングスを創設し、ダヴィッドがその頭取に就いた。

 2013年、ダヴィッド(51歳)は世界ユダヤ人会議の理事長に選出された。世界の銀行の総支配人的立場に立ち、しかもユダヤ人社会のトップに立ったわけで、奥の院の大王となった。しかし彼の名前がメディアに出ることはほとんどない。だから彼の存在を知る人は少ない。

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