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ネルソン・オルドリッチ

 1841年誕生し、1881年に40歳で上院議員となり、1911年まで30年間、上院議員の座にいた。その間、1899年に上院財政委員会の委員長を勤め、上院共和党議員総会会長も務めた。

 1901年、彼は娘アビーをスタンダード石油の創立者ジョン・ロックフェラーの一人息子ジョン・ロックフェラー・ジュニアと結婚させた。政略結婚である。
 こうして娘アビーがネルソン・ロックフェラーの母となる。ここでオルドリッチがロックフェラー財閥と結びついた。

 1909年,彼は上院財政委員会の委員長としてヨーロッパの中央銀行を視察し、イギリスのイングランド銀行(奥の院私有銀行)が、進んだ中央銀行であると信じるようになる。そして,彼は帰国後、「連邦所得税を確立するための憲法修正案」を提出する。これは連邦所得税を導入し、FRBにアメリカ政府が利子を払えるようにしたのでる。

 実は10年前にこれに似た法案が出されたが、この時は「これは共産主義的だ」といって彼は反対した。ところが、欧州視察旅行の間にかなり説得されたらしく、今度はその法案成立に向けての推進役を果たしている。

 1910年11月、ジョージア州ジキル島で秘密会議を主催し、金融政策と銀行制度について話し合う。
出席者は
オルドリッチ上院議員(上院財政委員会委員長)
エイブラハム・アンドリュー(通貨委員会特別補佐官)
フランク・ヴァンダーリップ(クーン・ロエブ代表)
H・P・ダヴィッドソン(J・P・モルガン商会代表)
チャールズ・ノートン(モルガン銀行総裁)
ポール・ウォーバーグ(ロスチャイルド財閥代表)
ベンジャミン・ストロング(FRB初代総裁)

 1913年12月22日、クリスマス休暇直前,議員がほとんど選挙区に帰っているところで、FRB法案を議会に提出して成立させた。詐欺的手法であった。
 奥の院がどうしても造りたかった中央銀行法(FRB)が成立した。奥の院はどうしても欲しかったアメリカでの打ち出の小槌(私物の中央銀行)を手にしたのであった。

 結局、オルドリッチはアメリカにFRBと言う奥の院所有の中央銀行を創るための、表看板の役割を果たしたことになる。
 FRBが営業を開始した1914年、第1次世界大戦が勃発したが、その翌年の1915年4月に死去した。結果的には、彼はFRBを創るために生まれてきたようのものである。
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