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ネイサン・ロスチャイルド

1804年、大王家の祖マイアー・アムシェルの3男ネイサンはロンドンに移住した。この年5月にナポレオンがフランス皇帝(第一帝政)に即位している。
ワーテルローの戦いの前、1806年11月、ナポレオンが大陸封鎖令を出し、敵国であるイギリスとの貿易を禁じた。当然のことながら、大陸ではイギリスとイギリスの植民地(印度など)から輸入していた綿製品、たばこ、砂糖などの価格が暴騰し、逆にイギリスではこれらの価格は暴落した。

ネイサンは父マイヤーや兄弟たちの情報網を使って、これらの商品をイギリスで安く買って大陸に密輸し巨大な利益を上げた。現金や金も密輸し、反フランス同盟国に軍資金を貸し付けた。
表向きはイギリスとフランスの戦争であるが、実はロスチャイルド家とナポレオンの戦争である。表の歴史はイギリスとフランスの戦争であるが、その実、大王家ロスチャイルド家が、フランス革命の後フランスの救世主として現れたナポレオンを潰した戦争であった。

ナポレオンの出した大陸封鎖令を機に、ナポレオンとの最後の決戦ワーテルローの戦いを前に、ロスチャイルド家は物資の密輸で大儲けしたのである。
しかも、対仏同盟国に資金を貸し付けているので、その後も貸付の利息として、対仏同盟国から莫大な利益を獲得し続ける。

1814年3月パリが陥落し、対仏大同盟軍に敗れたナポレオンは、フォンテンブロー条約でコルシカ島とイタリア半島の真ん中にあるエルバ島に流された。
ロンドン・ロスチャイルドのネイサンは兄弟協力して、ナポレオンを潰し、しかもこの戦争で巨大な利益を得て、欧州支配体制を築いていく。

この後ナポレオンがエルバ島を脱出してフランスに戻ってくる。ここで慌ててネイサンたちはまた対仏大同盟を作りワーテルローの戦いへと進んでいく。そしてワーテルローの戦い直後に、ロンドン証券取引所で、またネイサンたち兄弟は巨大な利益を獲得したことは既に書いた。

戦争は起きるものではなく起こすものである。戦争を起こし、それによって利益を得る大王家のビジネスモデルは現在も変わらない。


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