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マンデル・ハウス

 1858年にテキサスで誕生し、1938年に死去したとある。「とある」と書いたのは、この人物には謎が多いから、どこまで信頼できるのかよく分からないからである。

 まず、彼は軍人ではないが、なぜか「ハウス大佐」と呼ばれる。何の軍歴もない。歴代テキサス州知事の選挙事務長を務めた。そして1912年(54歳)に大統領選挙でウィルソン大統領を誕生させた。

 奥の院が、アメリカに中央銀行を創るためにウィルソン大統領を誕生させたのであるが、その大事な選挙のために送り込まれたのが「ハウス大佐」であった。
 彼の父トマス・ウィリアム・ハウスはテキサスの豪商で、リンカーン暗殺の主犯であったといわれているが、これが事実であるとすれば、奥の院がその息子を起用した理由がよく分かる。
 レーニンの兄アレクサンドル・ウリアノフがロシア皇帝アレキサンドル3世を暗殺し処刑されたので、その4歳年下の弟レーニンが信頼されて、ロシアの独裁者に起用されたのと同じである。奥の院は重要な仕事をさせる場合は必ずその人物に、悪事を働かせて試すのである。スターリンの銀行強盗もそうであった。

 ことはうまく運び、ウィルソン政権が誕生した。そして1913年FRBが創設され、奥の院は待望のアメリカでの打ち出の小槌(現在の世界の基軸通貨発行権)を手にした。
 彼はアメリカ円卓会議の繋がりを利用し、当時のアメリカ金融界の大物であったロスチャイルド、ウォーバーグ、モルガン、ロックフェラーなどの間を、奥の院の指示通りに飛び回り、うまくジキル島秘密会議開催に持ち込んだのであった。

 こうしてハウス大佐は奥の院にすっかり見込まれたのであろう、その後はウィルソン政権では大統領顧問として大統領権限を実質的に行使した。ウィルソン自身が「ハウスは私の分身である。ハウス氏は私の第二の人格だ。彼はもう一人の私だ。彼の考えは私の考えだ」とまで言っている。つまり表の大統領はこの私ウィルソン、その後ろに隠れている実質の大統領はハウスと言っているのである。

 第1次世界大戦では大統領特使として渡欧し、アメリカを参戦させるのに成功した。戦後のパリ講和会議にはアメリカ政府代表として参加し、国際連盟規約起草委員会を主導している。

 第1次世界大戦が終結し国際連盟が創設された、彼は次の第2次世界大戦が起きるように仕組んだが、それが実現する直前1938年に死去した。

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