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ナナン・コフィ・ドゥロボ

 アフリカ黄金海岸にある国家・ガーナの薬草医ナナン・コフィ・ドゥロボのところに世界中から、特にヨーロッパからエイズに苦しむ人たちが集まった。彼らを引きつけた理由は治療の成功率が80%と驚くほど高かったからである。しかも使うのは薬草から抽出した物質だけである。化学物質は一切ない。
 ドゥロボは西洋諸国の製薬会社(奥の院企業)が知らない(知らない振りをしている)ことを知っていた。彼は薬草でエイズを抑制するすべを知っていた。

 この成功は医療機関や製薬会社を震撼させた。ガーナ政府はドゥロボの治療を認可しなかった。IMFに圧力をかけられた政府は、それに逆らうことが出来ず、ドゥロボの治療を叩き潰そうとした。しかしそのうちドゥロボの名声が高まるばかりで、遂に彼を殺害する以外に道はなくなった。この凶悪な犯罪行為は、公式には「銃による自殺」とされている。

 この時のガーナは、ジェリー・ローリングス空軍大尉が、1979年軍事クーデターを起こして1981年政権を掌握した後、彼の長期軍事政権下にあった。
 ローリングスは経済再建のため、IMFと世界銀行(奥の院)から借り入れをし、彼らの要求する構造調整計画を受け入れた。従って、奥の院から言われると、従わざるを得ず、ドゥロボを消したわけである。
 奇妙なことに、ドゥロボが薬草から抽出した物質とその作り方を書いたメモは、死体が発見されたときにはドゥロボの自宅から消えていた。どこに行ってしまったのか、これまでのところ、ガーナ政府は口を閉ざしている。奥の院が没収したわけである。

 彼は1992年6月、日本に招かれ、薬草の調合液を研究者に渡した。そして記者会見も開いている。日本の誰が招いたか、取得した調合液をどうしたか,誰が取得したのかは全く不明である(実際は分かっている)。この件に関わった日本人も、完全に奥の院に取り込まれていることだけは確かであろう。
 記者会見での内容は「エイズの薬はすでに完成し、大量生産も可能で、すぐにでも世界に向けて送り出すことができる」ということであった。 ところが、ドゥロボ氏は日本から帰国してすぐの8月25日殺害された。
 
 殺害報道では当初は「銃による自殺」とされた。しかし後に、銃弾が二発であり自分で撃てる場所ではないことから、自殺でないことがばれて、強盗による他殺との訂正報道がなされた。彼の死と共に、ドゥロボ記念薬草治療院からは、薬草処方液と処方を記したノートが消えていた。 

 10月3日には、ドゥロボの秘書や側近、運転手、彼が司祭を務める寺院関係者ら5名が殺人の容疑で逮捕される。5名中3名は有罪判決を受けている。
 メディアは、何故ドゥロボは殺害されなければならなかったのかについては一切言及していない。

 製薬会社はこの薬草療法を知っているが、自分たちだけの秘密にしておき、自分たちだけが使う。そして他人には高価な値段をつけて売っているのである。
 彼らは秘密を守り、守らせる。その上また彼らはその秘密を守る,守らせる力を持っている。逆に我々は彼らに秘密を明かすよう強制する力を持ってない。

 今回の新型コロナウィルスについても、奥の院以外の者が治療薬を開発したら,こっそり無償で奥の院に差し上げるか、そうでなければドゥロボと同じ運命を辿ることになるのであろう。
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