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続・誰が造った?

 フォート・デトリックも考えられる。

 フォート・デトリックは、ワシントンDCに隣接したメリーランド州にあるアメリカ陸軍の医学研究施設である。アメリカ陸軍の生物兵器の研究施設で、「生物兵器の使用や防護に関する研究」を行っている。
 第一次世界大戦に従軍した軍医フレデリック・デトリック大佐を称えての名前である。もともと、ここにはフレデリック空港が建設されていたが、これが廃止となったのを機に、施設は拡張され、この研究施設となった。

 先の第2次世界大戦中の1943年から、アメリカ合衆国生物兵器プログラムの中心施設として生物兵器の開発・実験・生産が行われていた。時期から考えて、当然日本人大虐殺を狙っての研究施設であったことが分かる。
 その前に、ロックフェラーのスタンダード石油が開発した焼夷弾と、マンハッタン計画で秘密裏に開発した原子爆弾で、彼らは日本人大虐殺を済ませることが出来たので、フォート・デトリックで開発した生物兵器は使用する必要がなかった。

 焼夷弾はネバダ州の砂漠に、木と紙で出来た日本家屋を模した家を密集して建設し、日本人街を造り、これに投下して実験した。一瞬にして発火し延焼するように工夫して造られた。
 一方、原子爆弾はマンハッタン計画に基づき、ロスアラモス研究所で開発された。原子爆弾を使っての大虐殺の被害程度と人体実験用に、広島、長崎、小倉,新潟など8都市を選んで、ここには焼夷弾による虐殺はしなかった。

 原子爆弾の研究は戦後も続けられ、アメリカが核兵器大国になっている。焼夷弾は日本全土を焼き払い、2百万人の日本の民間人を焼き殺して、役目を果たし終わった。いずれもアメリカ国民には知らされなかった。

 フォート・デトリック生物兵器研究所は大戦終了後も益々拡張された。その後、炭疽菌の大量培養が行われ、2001年のアメリカ同時多発テロ事件で使用されたことは記憶に新しい。その前の1979年にはアフリカのローデシアとジンバブエで使用され、大被害が起きている。フォート・デトリックは、その後、細菌兵器研究の他にウィルス兵器研究を行うようになる。

 全ては、アメリカ合衆国が行っていることにして、実際は奥の院がしていることなのである。まずい事態になっても、責任はアメリカ国家の責任に出来る。実際、全ての日本人が広島・長崎の原爆大虐殺はアメリカがしたと思っている。しかし実際に研究・開発・使用は全て奥の院が行った。マッカーサーを初め、当時の米軍幹部すら、原爆に関しては何も知らされていなかった。

 2019年7月、アメリカはフォート・デトリックの生物化学兵器研究所を突然閉鎖した。その上、今回の新型コロナウィルスが流行し始める直前、研究所閉鎖に関するニュースが全て削除された。
 更に、コロナウィルス感染し始めた直後には、トランプ大統領が「中国ウィルス」と言い始めた。
発生がアメリカか中共かは関係ない、要は奥の院がしていることで、彼らがどんな経路でこのウィルスによる大虐殺を実施するかの話に過ぎない。
 このような大虐殺を奥の院がする場合は国は関係ない。彼らはどこの国でも自由に使うのである。国という概念を一切取り除いて考えないと、真相は見えてこない。
 米軍は奥の院の傭兵に過ぎない。

コールド・スップリング・ハーバー、フォート・デトリック,ロスアラモス、全て奥の院の施設である。研究内容は公表用として用意されたもの以外は極秘で、研究者の多くがノーベル賞を授与されている。ノーベル賞は別名「奥の院貢献賞」と言われる所以である。



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