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喋り過ぎた

 一寸可哀想なあるユダヤ人青年の話です。

 米国の保守派某月刊誌の取締役兼編集長ウォルター・ホワイト・ジュニア氏が、1976年某月、相当な額の報酬を払って、この青年に長いインタビューを行った。

 この青年の名前はハロルド・ウォーレス・ローゼンタールという。彼はニューヨークの大物上院議員ヤコブ・K・ジャビッツの筆頭秘書官をしていた。この時、彼は29歳である。立場上、あらゆる情報に接することになる。

 彼は、このインタビューで「ユダヤ人が米国の政治とマスコミを完全に支配していること」、そして間もなく「彼らが全世界を完全に征服するだろう」ということを赤裸々に語っていた。彼は、間もなくエスタブリッシュメントの仲間入りをし、将来を有望視されていた。若かったし、有頂天になっていたのか、一寸喋り過ぎた。

 このインタビューから10年が経った1986年8月12日、ローゼンタールはトルコのイスタンブールにおいて「イスラエルのエルアル航空の旅客機に仕掛けられた飛行機ハイジャック」と発表された事件に巻き込まれて殺害された。
 このハイジャックで4人が殺害され、約30人が負傷したが、負傷した人たちは流れ弾に当たったのである。しかし、ローゼンタールは流れ弾に当たって殺害されたのではなかった。当時確認された情報から判断すると、この事件に巻き込まれた人々の中で、ローゼンタール一人だけが正確に致命傷を負った。これは奇異なことで、不可解であるように思われた。殺された4人は、アラブ系のハイジャック犯であり、負傷した30人は無関係の、乗っ取られた飛行機の旅客だった。その中の1人のローゼンタールだけが死ぬとは不可解に思われた。
 彼は故意にイスタンブール空港で殺害されたと断言できる。しかも、その殺害は、ハイジャックと偽装された事件の中で、恐らく彼の同胞であるユダヤ人によって実行されたのである。

 後に、北カリフォルニア大学に通う彼の弟のマーク・デヴィッド・ローゼンタールの名前で記念事業が設立された。「ハロルド・ローゼンタール記念国際関係論奨学金」(アメリカユダヤ人委員会。ワシントン区。18番街。ワシントンDC、2006)である。記念奨学金であるから、相当な額のお金が、彼のために用意されたと言うことである。

 その設立趣意書には、紳士録中に載っている幾人かの有名人を並べており、且つ、その名誉共同委員長には副大統領のウォルター・モンデールと上院議員ジェイコブ・K・ジャヴィッツの名前が挙がっていた。
 ローゼンタール氏は敵として殺害されたのではなく、同胞として犠牲になったものとして、彼の名を冠した「記念奨学金」が設立されたのであった。最高の名誉が付与されたのである。
 一方、このインタビューを行ったウォルター・ホワイト・ジュニア氏も、この文書を公表した翌年、銃で打たれ殺害された。

 同じユダヤ人であっても、場合によっては消されるのである。このハロルド・ローゼンタール氏の場合がそうであった。彼の語った話は長いので、これから何回かに分けてを書くことにする。同胞であるにも拘わらず、奥の院にとって都合の悪いことを世に知らしめると、消されるのである。
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