Entries

ハロルド・ウォーレス・ローゼンタール

 彼は、『アメリカ国民が奮起して、この国からユダヤ人を追い出さないのは驚くべきことだ』という。彼のこの言には、ある前提となる事実を知っておかないと理解できない。それは欧州においては、どの国もある時期、ユダヤ人全てを追い出して、入国させなかったと言うことである。
 その時期はまちまちである。それぞれの国は彼らユダヤ人に対してだけは鎖国していたのである。

 1290年7月18日、イングランドのエドワード一世がユダヤ人追放令を発布し、ユダヤ人の入国を禁止した。以降、ユダヤ人はイングランドへの入国は出来ず、違犯したものは死刑とした。イギリスは対処が早かったのである。1万6千人のユダヤ人を追放した。
 追い出されたユダヤ人はフランス、フランダース(オランダ)、ドイツ、スペインに逃亡した。以後およそ300年間、ユダヤ人はイギリスから閉め出されていた。そしてイギリスは世界で最も強大な国となった。

 その後、彼らが逃げた先でも
1298年、ドイツ、ユダヤ人追放
1348年、ザクセン、ユダヤ人追放
1360年、ハンガリー、ユダヤ人追放
1370年、ベルギー、ユダヤ人追放
1380年、スロヴァキア、ユダヤ人追放
1394年、フランス国王シャルル六世が、全てのユダヤ人を「永久にフランスから追放する」という命令を発する。
1420年、オーストリア、ユダヤ人追放
1444年、オランダ、ユダヤ人追放
1487年、ロシアのノヴゴロド大司教がユダヤ教徒追放令
1495年、リトアニア、ユダヤ人追放
1496年、ポルトガル、ユダヤ人追放
1509年、ナポリでユダヤ人追放令が発せられる
1540年、イタリア、ユダヤ人追放
1551年、バヴァリア(バイエルン)、ユダヤ人追放
 といった具合で,行く先々で追い出されたのである。ここでは全てを書き尽くしてはいない。

 では何故、追放されたか、それは彼らはあまりにも悪いことをするからである。しかもその悪さを、いくら注意されても止めないからである。どんな悪さをするのか、それはこれからおいおい書くことになる。
 最初イギリスから追い出され、逃げた先でまた悪さをするから,またそこから追い出された、という経緯が見えてくる。

 つまり、中世においては、世界中でユダヤ人は追い出されていた。そして行く先々で、また追い出された。だから、中世においては欧州は大発展し、文化の華が咲いた。しかし、ユダヤ人はこの時代を「暗黒時代」と歴史に書いた。彼らユダヤ人にとって暗黒時代だったからである。
 そして、彼らは「我々は迫害を受けた」と叫んで、歴史に残した。その上、彼らは、彼ら以外の民族を「非ユダヤ人」として敵視し、呪うのである。
 自分たちのした悪さについては、口を閉ざして決して語らない、語るものがいたら「反ユダヤ主義」と叫び悪者扱いし、時によっては消す。本に書くと焚書する。このローゼンタール青年のように、同胞であっても消される。

 以上の歴史的事実を前提として、ローゼンタール青年は、『アメリカ国民が奮起して、この国からユダヤ人を追い出さないのは驚くべきことだ』と言っているのである。冗談ではなく、彼は本当に驚いていると言うことがよく分かる。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する