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人心操作

 ユダヤ人は「沈黙する大多数の人たち」(ゴイム)に何らかの脅威を感じているかと尋ねると、彼はその考えをあざ笑ってこう言う。

  『我々は、彼らの泣き喚きを支配している。だから沈黙する大衆に脅威など感じることはない。そこにいるのは無思考のゴイムだけである。我々の厳格な審査・検閲を受け彼等に供給される彼等の逃避先が、我らの提供する娯楽産業であり、これは謂わば阿片である、彼らは無思考のままこれを受け入れる。
 娯楽産業を支配することによって、我々は仕事の支配者になってきたし、国民はその奴隷になってきた。毎日の苦労の負担(低賃金・長時間労働)が爆発するほど大きくなると、我々は束の間の喜びの安全弁を与えてきたのである。
 テレビ・映画産業は必要不可欠な一時的気晴らしである。これらの番組は決して論理的思考に訴えず、感覚的感情に訴えるよう、注意深く計算されている。国民は理性に従わず、我々の命令に従って反応するよう番組が作られている。彼らは沈黙はしないが、無思考のままだろう。』 

 彼の話はアメリカでの話であるが、日本でも当て嵌まる。先の大戦で軍民併せての日本人大虐殺が行われた。にもかかわらず、日本人は我々の差し向けたマッカーサーを大歓迎し、国のために勇敢に戦った日本兵を軽蔑し、マッカーサーが首になって帰された時は、日本国民は嘆き悲しんだ。
 悪かったのは独裁国家日本政府であり、被害者が国民、救ってくれたのはアメリカ様(奥の院)と洗脳された。
 日本人大虐殺のあと実際に起きていたことは、日本社会の首脳陣たちの処刑であり、3S政策であり、プレスコードによる言論封殺で、完全に我ら(奥の院)の支配する独裁国家に成り下がり、今日に至っている。
 マッカーサーが民主主義を教えてくれたと感謝させられている中で、その実、我らの独裁制が敷かれているのである。

  ローゼンタールはユダヤ人のゴイム支配についての自分の考えを説明し続けながらこう言う。

 『我々は社会を恐怖と脅し(大虐殺)で骨抜きにしてきた。男らしさは女っぽさと混じって、男らしさは見た目だけにしかない。余りに中性化し、大衆は騙され易く、支配し易くなってきた。大衆は全て去勢された馬に過ぎない。だから現在の苦労や明日の御飯のことで頭がいっぱいで、彼らの頭には国の将来のことや子孫のことなどには、感心が無くなっている』

 日本の国家予算で、男女平等参画関連予算は、日本の国防費よりも多い。男女平等という彼等のあてがった政策に最大の予算を提供しているのである。
 また核家族制で、伝統的家族は崩壊している。孤独死が急増し、子は親の面倒は見ないことになってしまった。福祉と称して親は国が見るもの、社会が見るものとなってしまった。この行き着いた先が、少子化で、亡国への道をひた走っているのではないだろうか。
 ローゼンタール青年の自慢げに言っていることは、日本に対して言っているようにも聞こえる。














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