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宗教を通じて

『宗教を通じて我々奥の院は社会、政府、そして経済の完全支配をしてきた。あらかじめ聖職者から教えられてきた価値観がなければ、いかなる法も通らない。この一例は、最終的に混血化に導いた人種の平等性と統合だ。騙されやすい牧師たちは、一方で教区民に自分たちは特別な選民であると教え、また、もう一方では全ての人種は平等であると主張している。
 この矛盾は決して見破られない。だから我々ユダヤ人は、他のあらゆる民族が互いの特質を弱めている一方、社会で特別な地位を楽しんでいる。これによって全民族を低い地位に引き下げ、そこで平等を掲げる者に権力を与えたのは、この理由による。』
 
ローゼンタールはキリスト教社会を前提に語っている。しかし、日本でも同じである。彼らが起こしたフランス革命を賞賛し、「自由・平等・博愛」を金科玉条とし、あらゆる立法はこの考えを基礎に置く。自由と平等は矛盾する思想であることに気がついてない。博愛には何の意味もないことも気付いてない。ただ、鳩山由紀夫が口癖に言う言葉に過ぎない。中共が東シナ海で石油掘採を始めると、この海は友愛の海といって奥の院に賞められる。
 
また日本の場合、半島や大陸から来た人たちをひたすら平等に扱うことを大前提とするので、不都合が生じていることに気付かない。選挙権・被選挙権と国籍の問題、外国人土地所有の問題、通名問題(特定の人たちに二つ名前を許す)など、挙げればきりが無いくらいである。今忽ちの問題ではコロナ感染者の国籍を隠蔽し公表しない。
 
彼は更に言う。
『それゆえ我々の今の経済的慣行(教会に対する非課税)は、キリスト教徒に慈善的であると教えられてきた。だが同じ説教を繰り返すこれらのオウムたちは、自分たちの聖書があらゆる高利貸しを非難していることも全く理解していない。彼らは教会設立のために金を貸す我々の善意(?)を賞賛し、法外に高い利息を喜んで払う。洗脳された彼らは、同じ慣行を通じて、社会を我々の支配に導いてきた。
彼らは政治では民主主義の恩恵を歓迎するが、我々がその民主主義を通じて、彼らゴイムの国家を支配してきたことには、全く気付かない。彼らの書は、我らの教える律法に従って、政府の慈善的独裁形態(民主主義)を繰り返し説いている。しかし、民主主義は教会、報道機関、経済機関を通じて、我々が彼らゴイムを支配するための規則だ。彼らの宗教は、我々の宣伝機関の力を、どこか一定方向に向けさせるための手段に過ぎない。これらの宗教操り人形が愚かなのは、臆病過ぎていとも簡単に操られるからである』
 
確かに、日本でも、政治家は彼ら奥の院の宣伝機関に、僅かの票で振り回され、国のことはそっちのけになりがちである。最初は背に腹は替えられないと、変な勢力に渋々従っているが、そのうちその宣伝機関の言うことを率先してやり出す。売国奴出来上がりとなる。その証拠に、我が国では大事な問題ほど決まらない。決められない。話を持ち出すことすら躊躇するようになった。
 
大事な問題には必ず奥の院が付いている。彼らがメディアと大陸・半島を使って国家中枢を縛る。そして巻き起こる国民の非難囂々は、全てトップの安倍総理に向かう。総理も覚悟の上とは言え、気の毒な限りである。それに何より、その現実の齎す被害は国民に掛かってくる。誰が国政を邪魔しているのか、そろそろ気付くべきである。ディープステートなどと言い始めていることは大変良いことだ。裏に隠れたジャイアンがいると言うことである。そして、このジャイアンは決して国のためになる、あるいは国のことを考える存在ではない、むしろ敵対して壊しに掛かっていると言うことに気付くべきである。
だからこそ、こんな要らんことを言ったローゼンタール青年と、それを言わせたインタビューアーのホワイトは消された。(4月24日奥の院通信参照)

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