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ハイム・ヴァイツマン

 昨日の通信でザハロフのことを書いたが、今日はハイム・ヴァイツマンのことである。

 ザハロフは1849年にロシア内のユダヤ国に生まれ、幼くして両親と共にトルコ内のユダヤ国に移り、更にそこで殺人事件を起こしてギリシャ内のユダヤ国に逃亡した。
 そこでしがないこれまでのポン引き商売から足を洗い、転職して武器取引の商売をはじめた。これが大成功し、イギリスにおける武器製造会社の最大手ヴィッカーズ社の重役に治まった。
 そして、政商として第1次世界大戦を引き起こし,奥の院に膨大な富をもたらした。勿論、その裏では大戦当事国の膨大な富が失われ、兵士や民間人を含めての多数の人命が失われている。

 一方、今日のヴァイツマンはザハロフの四半世紀後、1874年、同じロシア内のユダヤ国に生まれ、その後ドイツ内ユダヤ国に移り、更にその後スイス内のユダヤ国に移って、それぞれの国の大学で化学を学んだエリートである。ポン引きとは違う。

 彼はその後イギリスのユダヤ国に移住し、そこでイギリス内ユダヤ国でシオニスト運動の指導者となり、同時に第1次世界大戦中に化学者として猛毒ガスを発明する。
 彼はここでイギリス内ユダヤ国を代表し、イギリス政府がシオニスト運動を支持してくれるなら、つまりパレスティナの侵略を許可してくれるなら、更にこれを手伝ってくれるなら、イギリス軍がこの毒ガスの実戦使用を許可すると提案した。

 この時は既に、イギリスは国家内国家であるユダヤ政府の属国であるから、これは交渉ではなく命じられたに過ぎない。

 イギリス政府はその申し入れを受け入させられ、バルフォア卿(外務大臣アーサー・バルフォア)が(大戦中の)1917年11月2日、ロスチャイルド卿宛の手紙でこれを正式に約束した。有名なバルフォア宣言である。彼等はこの1通の手紙をバルフォア宣言と大げさに歴史に残した。

 パレスティナの土地にユダヤ国家イスラエルを建国することに、イギリスが国として協力するという「宣言」としたのである。
 その時、パレスティナは決して無人の地ではない。そこには大勢のパレスティナ人が平和に暮らしていたのである。彼等を追い出してユダヤ人が入り込んで、イスラエル国家を建国したのである。そして、このシオニズム運動指導者ハイム・ヴァイツマンが、初代大統領に就いた。

 イギリス政府の外務大臣が、イギリスの貴族院議員でユダヤ人であるロスチャイルド男爵ライオネル・ロスチャイルドに手紙を差し出している。これはイギリス政府がユダヤ国家に約束したことである。国家と国家の密約である。目には見えないユダヤ国家というものの実在を理解しなければ,このカラクリは分からない。

 この見えないユダヤ国家が、まさに奥の院なのである。そしてこのユダヤ国家の近代における代表はロスチャイルド家のその時の当主である。もっとも、ユダヤ国家は実体を決して見せないので、内実はよく分からないし、ロスチャイルドの上位にも、誰かラビ(僧侶・神官)とかがいるのかも知れない。

 ユダヤ社会・国家の最高意思決定機関はサンヘドリンであるから、サンヘドリンで決議されたものであることは確かである。太古の昔、イエス・キリストの処刑を決定したのもこのサンヘドリンであった。
 ロスチャイルド卿がこのサンヘドリンの議長なのか、有力メンバーの一人に過ぎないのかは分からない。しかし、少なくとも見えている人たちの中では、トップに座っている人物の一人であることは確かであろう。

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