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メイ・フラワー号

 1620年9月、清教徒たちがイギリスからアメリカに渡った。

 この時のイギリス国王はジェームズ一世である。1290年、ユダヤ人はあまりにも悪いことをするから、イギリスから追放されていたが、およそ300年後の1600年頃に、彼等はまたイギリスに戻ってきた。この時の国王がジェームズ一世で、次の悲劇の国王・チャールズ一世の父である。

 大地主である貴族たちが、都会のロンドンなどで遊興に耽っているあいだ、その留守の地所をユダヤ人に監督させた。監督者になったユダヤ人は過酷な労働を強いて、農民を虐待する。その虐待から逃れて行った先が新天地アメリカであった。

 更に、戻ってきたユダヤ人に煽動されて始まった宗教戦争の恐怖から逃れて行ったキリスト教徒たちでもあった。ユダヤ人たちはこの移民を、国王の圧政に耐えかねて新天地に渡っていったと歴史に書いた。実際は、地主の監督者ユダヤ人の過酷な支配から逃げ出したのであった。
 ユダヤ人はいつの時代も、世界中どこででも、支配者の味方をしてその国に巣くい、農民や庶民が敵となる。勿論最後はそのやさしく迎えた国王・貴族たちも殺され、滅ぼされるのである。
 ユダヤ人を追い出すのはいつも農民、庶民である。王や貴族は往々にしてユダヤ人の味方になる。どんな猫でも鼠を捕ってくる猫が良いというわけである。

 ユダヤ人の引き起こした宗教戦争は、イギリスだけでに留まらず、全ヨーロッパに広がった。そして、ヨーロッパ中のユダヤ人は突如として、自分たちの奴隷であるキリスト教徒の農民が、大量に姿を消しつつあることに気付いた。そしてその行き先が、新大陸アメリカであることもすぐに突き止めた。

 宿主である非ユダヤ人の農民が移動したのなら、その寄生体であるユダヤ人もその後を追って、再び寄生しなければならない。そこで時を移さずユダヤ人たちも、アメリカになだれ込みはじめた。ユダヤ人は都市では商人となり、更に荒野の果てまで旅をして、先住民(インディアン)に酒を売りつけ、彼らの所有物のすべてを奪った。

 その上、現地先住民族を嗾けて、植民してきたキリスト教徒を襲わせ、紛争を起こさせた。やさしく植民者を受け入れて平和に共存していた先住民インディアンと植民者を敵対させていった。紛争を創っては先住民を虐殺していったのがユダヤ人で、彼等はそれを「西部開拓」と歴史に残した。アメリカ大陸侵略とは残さなかった。
 フロンティア精神などという言葉も創って、今もこれを美化した。現地の先住民を虐殺したのは、ヨーロッパからやって来たキリスト教徒であると、世界中の教科書で教えた。

 それから、およそ100年が過ぎ、1776年にアメリカ国民は独立を宣言し、母国イギリスと独立戦争を戦い、独立を果たした。しかし、その後も南北戦争、大恐慌と言う悲劇を起こされ、今日では完全なユダヤ人支配の国になってしまった。アメリカ合衆国の中のユダヤ人国家(奥の院国家)に支配される国家となったのである。

 日本は先の大戦ではこの奥の院国家と戦わされたのであった。戦場に出てきているのは確かにアメリカ人であるが、後で作戦を立て、指揮を執っているのは奥の院であった。
 だからこそ、奥の院が送り込んだマッカーサーは、この事実を知り、ものを言い始めた途端に首になった。
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