Entries

バルーフ・レヴィ

1848年2月、マルクスが「共産党宣言」を発表した。彼はその執筆をバルーフ・レヴィに依頼した。彼はマルクス宛の手紙の中でその目的を次のように打ち明けている。

「この新しい人類の社会福祉の中で、我々ユダヤ人はいかなる国家に属することもなく、また他の民族から何の抵抗も受けることなくして指導勢力となり、やがてその影響は全世界に及ぶことになるでしょう。
そして彼らの中の何人かの賢者が、これら労働大衆の内に、確固たる指導権を打ち立てることに成功するなら、プロレタリアの勝利によって、次々に世界共和国の1部となっていく。そしてそれらの諸国家の支配権は、これらプロレタリアを指導する我々ユダヤ人の手に、容易に収めることが出来ます。要するに、プロレタリアの勝利は、私有財産の廃止をもたらし、結果として公有財産となった他民族のあらゆる財産は、公有財産を管理するユダヤ人の支配下に入るのです。かくして我々ユダヤ人のメシアが到来する時、ユダヤ人は全世界の民の財産を、悉くダビデの星の下に司るであろうと、言い伝えられてきたタルムードの予言が実現されることでしょう」

共産党宣言を出したマルクスはあまりにも有名であるが、その執筆者・バルーフ・レヴィはほとんど知られていない。別な人間を立てて、肝心な者の名は隠すという奥の院の手法はここにも生きている。
世界所得ランキングなど毎年発表されるが、その中になぜか大王様の名は出てこない。肝心な者の名は隠すのである。

1848年という年は、1815年に敷かれたウィーン体制が崩壊した年である。奥の院が欧州全体を支配下に収め、同時にアメリカ合衆国をも乗っ取っていく。

この年12月、フランスではユダヤ人金貸しアシーユ・フールやミス・ハワードが資金を出し、ルイ・ナポレオン(奥の院に毒殺されたナポレオンの甥)がフランスの第二共和制大統領に就いた。
そしてこの年、欧州各国でユダヤ人の暴動が相次いで、各国で多くのユダヤ人が閣僚の地位に就いた。フランスの法務相に就いたアドルフ・クレミューなどは、シオニスト世界権力運動を推進するイスラエル世界同盟の会長であった。

1848年は奥の院が現実に世界支配に乗り出した年と言えるかも知れない。この後、アメリカを支配下に収め、欧州を戦乱の世に投げ込んでいくのである。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する