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1785年ある日

 大王様の祖マイアーが44歳の時、フランクフルトから急使がパリに向かっていた。彼は世界革命運動全般についての詳細計画と、フランス革命に関する詳細な指示書を携え、懸命に馬を走らせていた。
 指示書はドイツのユダヤ人イルミナティから、フランス大東社のフリーメーソン大棟梁に宛てられていた。
 大東社ロッジは、フランスフリーメーソンの大棟梁としてフランス貴族オルレアン公が、ミラボーを通じて、革命の地下組織として創設されたものだった。

 急使がラティスボンを通過中、雷に打たれて死去した。携えていた文書は警察の手に渡り、警察はバヴァリア政府(ドイツ南部の州で、州都はミュンヘン)に提出した。
 ここで、ロスチャイルド商会とフランクフルトのユダヤ人イルミナティおよび大東社ロッジとして活動しているフランスフリーメーソンとが結びついていることが判明している。

 バヴァリア政府からこの情報がもたらされたにもかかわらず、諸政府は何らの対策も講じることがなかった。あらゆる政府に奥の院の手先が配置されていたのである。

 ウィーンにいたマリー・アントワネット(フランス国王ルイ16世の王妃)の姉は、革命の企て、国際金融家の関与、フリーメーソンの役割、妹のマリー・アントワネットに迫っている危機について、繰り返し警告を与える私信を、マリー・アントワネットに宛てに送った。

 マリー・アントワネットは姉から伝えられたような恐ろしいことが、イルミナティーによって企てられているとは全く信じなかった。警告の手紙は繰り返し送られ、博愛主義的フリーメーソンを装って活動している、フランスの教会と国家両方を破壊しようと計画していることを裏付ける証拠が得られたとする姉の警告に対してでさえ、妹のマリー・アントワネットは
 「フランスに関する限り、姉上はフリーメーソンを心配し過去ぎておられると思います。当地では他のヨーロッパ諸国においてとは異なり、フリーメーソンは全く重要性は持っておりません」
と返事していた。

 フランスでは秘密が完全に守られ、完全な地下組織が出来上がっていたことがよく分かる。大王様率いる奥の院はフランスのルイ王朝を潰すべく革命を企てていたこと、そしてその企てに関しては完全に秘密が守られていたことがよく分かる。
 奥の院がフランスの大物貴族オルレアン公とミラボーを完全に取り込んでいたにも拘わらず、そのことが国王ルイ16世にも王妃であるマリー・アントワネットにも全く知られずにいたのである。

 結果は歴史の証明するところとなった。
 8年後の1793年1月ルイ16世が、同年10月マリー・アントワネットがギロチン台の露と消えた。また利用され、ルイ16世死刑判決に賛成票を投じた貴族オルレアン公も同年11月ギロチン台に送られた。また同じく用なしとなり逆に危険な存在となったミラボーは、早々と革命最中の1791年4月に毒殺された。
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