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昨日に続いて

 昨日書いた通り、裏切りで奴隷身分に落とされていたユダヤ人は、身から出た錆であるのに、その過酷な運命に不平をかこっていた。国を裏切ってヒックス族になびく前には、ユダヤ人はエジプトであらゆる自由を享受したのであるから、裏切り行為の故に懲らしめられるのは全く当然だった。新しく支配者となったヒックス族の手先として、エジプトの民を虐めていたからである。
 
 そこで、彼らは奴隷身分に耐えかねて、何とかパレスティナの地に帰り、そこで放浪の盗賊生活に戻りたいと願って、国を出る事を許して欲しいとファラオに懇願した。しかし怒り狂った民衆は、ユダヤ人の懲罰は途中で止めるべきではないと要求し、ファラオもこれに同意せざるを得なかった。そこで彼らは、
これはファラオの手に負えない問題だと考えた。
 そこで、ユダヤ人は得意の狡知を働かせ、あらゆる奸計を用いて出国し、自由の身になろうとした。毒薬を用いて飲み水を汚染し、悪疫をエジプト人の間に引き起こした。そして遂に民衆も辟易し、彼らが出て行く事を認める。そして遂にエジプトから出て行くことを許されたのである。いつの時代も、彼らは問題解決に誰が決定権を持つかをすぐに見極める。この時は一般庶民であった。
 
  ユダヤ人がエジプトに滞在していた時代の事実は、裏切りと破壊の羞悪な記録にある。 にも拘わらず、こうした事実が英語で語られ綴られることはほとんどない。これらの資料は何世紀も前から知られており、周知の事実であったというのにである。何故だろうか?
 
 ユダヤ人の真の起源と、この民族の性質をあらわす「Habiru」(アビル)および「Sagaz」(サガス)という呼称の定義とは、聖書学者も昔から良く承知していることと言われる。古代世界の至るところで、ユダヤ人は人殺し・盗賊として知られ、恐れられていたという事実を知っているのに、学者たちはこれには一切触れることを、極めて入念に避けてきた。一体何故なのか?
 それは、何よりも先ず学者たちが「キリストはユダヤ人だった」というユダヤの大嘘を真に受けたからである。ユダヤ人の起源について、もし発見したことを公刊すれば、キリストが血に飢えた無法者たちの子孫であるということを認めることになってしまう。
 日本に来ているアメリカ人弁護士に「キリストはユダヤ人か」と尋ねたことがあった。彼は「そうですね」と答えたことを記憶している。答え方は弱々しげであった。自信がなかったのかも知れない。彼もユダヤ人かも知れない。
 
 それはともかく、決して「キリストが血に飢えた無法者たちの子孫」なんてことがあってはならないのである。従って、学者・物書きたちは、その著作の中で「Habiru」と「Sagaz」に言及するのを一切避けて来たのである。文字通り何千人もの研究者が、この決定的な知識を過去何世紀もの間、古代史に関して刊行された何千もの書物の中で、漏らさないようにしてきた。たまに漏らした書は丹念に焚書してきた。だから今、我々はユダヤ人についての知識に照らして、初期文明からの歴史全体を再評価しなければならないのである。そうすることによって、初めてこれまでの奥の院の歴史を知ることが出来るからである。
 
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[C57] ユダヤ人古代レイラインの不思議?

このブログ主様のお陰でユダヤ人に興味が湧き色々調べて行きますと、摩訶不思議な点が多々ありコロナ自粛も吹き飛んでしまいます。今回着目したのはユダヤ人の古代日本への浸透という点です。

「日本渡来ユダヤ人の古代レイライン」の1つに鹿児島県日置郡伊作郷の舟木山・舟木神社→徳島県剣山の磐坂神明神社→長野県諏訪神社というものがあります。
①鹿児島県日置郡伊作(イサク)郷には舟木神社の「船こぎ祭」や吹上浜の進水式儀式「ヤエシー」があります。船主の名前を「ヤエ」と言いますがイスラエルの神も「ヤエ」と言います。海人豪族舟木氏は倭姫命ご一行の元伊勢ご巡幸時の船団護衛とご神宝の警護に当たりました。淡路島の舟木が一族の聖地になっています。ヘブライ語のフナッ(授ける・贈られる)の未来形はフナッティ(天から授かった贈り物)です。ヘブライ語で島はキと言いますから島々を授かるはフナッキ→フナキと言い、古代イスラエルからの渡航者ではないかという説があります。
②徳島県の剣山には石造りの古代遺跡である磐坂神明神社があります。その長方形の磐境はイスラエルの古代ユダヤ教の礼拝所アラッドにそっくりです。毎年7月7日には剣山の山頂へ神輿が運ばれます。2000年以上前にこの磐境の祭壇を築いたと言われる75人の宮人の子孫が今でも氏子としてこの神社を守っています。
③長野県の諏訪神社の神長官は代々守矢(モリヤ)家でそのご神体は守屋(モリヤ)山です。ユダヤ教典のアブラハムの息子イサクを捧げようとした伝説の山の名前も「モリヤ山」です。諏訪神社の「御頭祭」で神前にお供えする鹿の頭は75頭です。守矢家が中世まで行っていたミシャグチ神を祀る神事は年75回です。
この75という数字が度々登場するのは偶然の一致でしょうか?
  • 2020-07-18 13:08
  • 馬耳東風
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