Entries

バビロンは滅んだ

 バビロニアの北方にあったペルシャ王国のキュロス大王は、バビロニアを攻撃し、その富を獲得したいという野心を持っていた。しかしキュロスは、自分の軍隊がそれを可能にするに十分な軍事力を持っていないことを承知していた。そこへユダヤ人の密使がキュロス大王のもとを密かに訪れ、「バビロニアを攻めなさい,我々がキュロス王のために城門を開きますから」と申し出た。

 キュロス王は「これは罠だ」と疑い、最初の使者を処刑した。しかし後に、ユダヤ人はその申し出が本気であることをキュロス大王に納得させ、ユダヤ人はその見返りとして、パレスチナの土地をユダヤ人に返還するように頼んだ。

 紀元前539年、キュロス大王の軍隊は、バビロニアに現れた。
 カシュタインは『ユダヤ人の歴史』の中で「バビロニアの征服は難なく成し遂げられた。町は戦わずして落ちた」と書いている。
 マネトが侵略者ヒュクソスによるエジプト王朝陥落について書いた記述と全く同じ現象が起きた。バビロニア攻防戦などなかったのである。カシュタインは『ユダヤ人の歴史』で更に続けて、「ユダヤ人はもろ手をあげて、キュロスを歓迎した」と書いている。

 ここにもう一つ、ユダヤの歴史を通して繰り返されるテーマがある。あらゆる国家が、破壊されずに苦もなく陥落する局面においては、必ずユダヤ人が侵略者たちを歓迎するため、大急ぎで登場してくるのである。
 カシュタインは、「ペルシャのキュロス大王は、約束通りユダヤ人に自分たちの国だったパレスティナに戻ることを許したが、ユダヤ人の多くはパレスティナに戻らず、バビロンに残った」と書いている。町を略奪し、そこに居座って、バビロニアという国をまんまと乗っ取ったのであった。

 キュロス大王がバビロニアを引き上げたあと、ユダヤ人に褒美としてバビロンの略奪を許したから、彼等はバビロンで全てを略奪したのであった。ただ、彼等はバビロニアを裏切ってキュロス大王のために城門を開いただけで、戦うことは全くなく、バビロニアの富の全てを手に入れたのであった。ユダヤ人が戦わずして、戦勝国としての地位を得たのである。

 町を略奪し、そこに居座って、富を奪い、バビロニアという国をまんまと乗っ取ったのであった。その後、再びバビロニアは国を建てることは出来ず、今日に到っている。それが今のイラクである。
 今でも石油資源に恵まれたこの国はユダヤ人(奥の院)に食い散らかされ、かつての栄光を取り戻すことは出来ないでいる。

 国と国の間に諍いを起こさせ、或いは侵略を望んでいる国に、密かに近づいて裏切り行為を行って戦争させ、巨利を博するというビジネスモデルが、ここでも見事に成功しているのがよく分かる。
 非ユダヤ人社会(国家)はこのユダヤ人のやり口を、歴史を通じてよく学ぶ必要がある。全く同じことが繰り返されているのである。

 現在中共とアメリカが対立し、これが戦争に発展するような雰囲気となっている。もう既に戦争が始まっていると言う人もいる。
 それは兎も角として、そもそも、中共をここまで発展させ、国力(軍事力)をつけたのは奥の院である。つい最近も、南シナ海の軍事基地化を黙ってみていたのも奥の院である。中共はこれは承認されていると考えたかも知れない。現に、つい先頃まで、世界は米・中で管理しようと持ち掛けたりした感があった。

 ところが、この度、新型コロナウィルス事件を作り出して、これを切っ掛けに中共を叩き始めている。奥の院が、彼等の商売である戦争を、企画し実施し始めた。太古の昔から、彼等のすることはワン・パターンである。



スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する