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国盗り物語

 人類の文明の歴史上、あらゆる時期を通じて,ある特殊な問題が、一貫して存在し続けている。それがユダヤ問題である。3千年続いたエジプト王朝が崩壊し、中東に起きたメソポタミア文明も同じようにして滅んだ。そして、その後世界で勃興してくる王国・帝国も全てこの同じユダヤ問題で滅んで消滅していった。
 現在はそのユダヤ人達が、あらゆる王国・帝国を潰して自分たちの世界支配体制を築き上げた。その支配の中枢が奥の院である。彼等は自分たちに都合の悪い歴史は焚書によって封じ込め、都合の良いように常に歴史を書き続けている。従って、現代人にはこのユダヤ問題はほとんど知られていない。現在では、彼等にとって都合の悪い本は出版させないし、流通させない。都合の悪い者には「反ユダヤ主義者」と言うレッテルを用意している。
 
 ユダヤ人の手引きによってペルシャのキュロス大王に征服されたバビロニアはのち、ユダヤ人の自治、つまりユダヤ人自身によって統治されるようになった。こうしてユダヤ人はバビロニア帝国を乗っ取ったばかりでなく、一部は故国に帰るキュロス王に付いてペルシャにも行き、そこで大きな居留地を築いたのであった。

 キュロス大王に付いてやって来たユダヤ人が、ペルシャ帝国で影響を及ぼし始めると、すぐにペルシャは,それ以前の文明社会が辿ったのと同じ道を辿ることになる。寄生したユダヤ人が国を蝕んでいくのである。

 キュロス大王がバビロニアを飲み込んでからおよそ1世紀が経ち,ペルシャはアハシュエロス王(在位紀元前486年~465年)の時代を迎えた。宰相はハマンという実直で勤勉な非ユダヤ人(ペルシャ人)であった。ハマンは、ペルシャにおける自治を与えられていたユダヤ人たちの勢力が増大するにつれ、彼らはあらゆる不法を働き、ひどく傲慢になっていくことに悩まされていた。

 『聖書』の中で最も短い書の一つに「エステル記」がある。『聖書』の中で最もユダヤ的であり、神についての記述が全くない唯一の書である。だから、「もっともユダヤ的」と言われる。

 この「エステル記」第3章8~9節には、次のように書かれている。
 「宰相ハマンはアハシュエロス王に具申した。『あなたの王国の全ての州にいる諸民族の間に、散らされ離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令はどの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。もしも王様、宜しければ、彼らを滅ぼせと書いて下さい』と」。

 政治を行っているハマンにとって、頭痛の種であったことがよく分かる。そこで、彼はアハシュエロス王に訴えたのであった。
 このハマンの訴えは、アハシュエロス王には誠に尤もであると思われた。そこで、王はこのユダヤ問題を将来にわたって解決することを宰相ハマンに託した。彼は王の承認を得て改革に乗り出す。

 ところが宰相ハマンは、王の最愛の妻エステルが、ハダッサという名の隠れユダヤ人であったことを知らなかった。彼女はモルデカイというユダヤ人指導者の姪であった。ここでハマンの悲劇、ひいてはペルシャ帝国の悲劇が始まるのである。
(長くなるので明日に続ける)

 
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