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次なる餌食・ギリシャ

 エジプト、バビロニア及びペルシャの文明は、ユダヤの裏切りと転覆工作によって、次々と崩壊していった。そして次ぎにユダヤの寄生禍の矢面に立ったのは、ギリシャであった。

 歴史上、ユダヤ人とギリシャ人ほど真っ向から対立した民族はないと言われる。ユダヤ人はいつの時代もギリシャ文化に対して大きな憎しみを抱いてきた。ギリシャ人(市民)は、歴史上、文明化された紳士・個人の上品さの代表であったが、一方のユダヤ人は依然として野蛮で、世俗のこと(物・金)のみに固執し、創造性や芸術性とは無縁で、名もない強盗団一員であり続けたからである。

 ラルフ・マーカスは『ユダヤ民族の偉大な時代と思想』で
 「我々はユダヤ国(当時パレスチナ南部の古代ローマ属領)周辺の、ヘレニズム期の都市が、ギリシャ建築と芸術品の宝庫であったことを、最近の建築遺跡の発掘により知っている」と書いている。

 ギリシャ文化の証しは荒野の端まで広がり、ユダヤ人の強盗団が出没しはじめる地域で終わっている。ギリシャ建築の遺跡など、此の地で消滅している。

 カシュタインは『ユダヤ人の歴史』にこう語っている。
 「ギリシャ人は、この当時の世界で、豊富な経験を持ち、その想像力は非常に豊であり、多くのものを創造した。・・・だが、こうした状況下でギリシャ人は、精神的価値と関わる分野では平静を保つことができても、ときには鈍感で田舎じみた信念に凝り固まった一つの民族・ユダヤ民族、つまり芸術も行儀作法も持たない野蛮人たちと、一緒にやっていかなければならなかった。
 そこで必然的にギリシャ人たちは、ユダヤ人たちに対する軽蔑の念を抱くと同時に、次第にやり場のない怒りを募らせた。このギリシャ人の態度は、避けられない当然の結果として、反セム気質つまりユダヤ人に対する嫌悪感を抱くようになった」と。

 カシュタインはここで、「反セム気質がユダヤ人に起因している」と認めているが、ユダヤ人側のギリシャ文化に対する憎悪については、一切触れていない。だが、『ユダヤ人の歴史』では、彼は反セム気質については、もっともらしい理由を付けている。
 「ユダヤは、アレキサンドリアのユダヤ人がヘレニズム文化の解体を引き起こしている間、ギリシャの反撃を不能にした」と。既にユダヤが此の地を実質支配していたと言うことである。
 このユダヤ人歴史家(カシュタイン)は、ユダヤ人のギリシャにおける破壊的影響力について,詳細は記していないものの、この事実を認めている。

 アレキサンドリア(エジプト)はギリシャ帝国末期の知性の中心であり、ここの図書館「アレキサンドリア図書館」は世界最大規模のものであった。カシュタインが述べているように、ユダヤ人がヘレニズム文化を解体させたのは、ここにおいてであった。のちにユダヤ人は、この大図書館を破壊し,そこにあった蔵書は全て焼却してしまった。

 このアレキサンドリア図書館には、ユダヤ人の破壊活動についての、何百冊もの歴史的参考文献が収蔵されていたからである。だからここで、ユダヤ人の大規模な焚書が行われたのであった。
 従って、アマルナ文書(7月13日奥の院通信参照)のような、石に刻まれた文書が発掘され、解読されるまでは、ユダヤ人達の行ってきた悪さについては、世界は全く分からなかったのである。
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