Entries

宗教的不寛容

 紀元2世紀の歴史家タキトゥスはユダヤ人のことを、「彼等の習慣は卑しく忌まわしく、彼等がその習慣に固執するのは、彼らが腐敗堕落しているからである。」と書いている。
 ローマ人は度々ユダヤ人を排除しようと試みた。だがその度に、ユダヤ人は必ず戻ってきた。ローマが当時、世界の富の中心だったからだ。昨日書いた通り、これほどの富から、ユダヤ人を引き離しておくのは不可能なことだったのである。

 皇帝ティベリウス(第2代皇帝)がユダヤ人を追放すると、彼等は「国際問題における前代未聞の宗教的不寛容」と叫び始めた。ユダヤ人が割礼や儀式殺人のような、いかがわしい習慣を止めないので、遂に皇帝ティベリウスはユダヤ人を追放したのであったが、彼等は彼等の卑しく忌まわしい彼等の習慣を彼等の宗教だと言い張り、「宗教的不寛容」と言う言葉を拵えて、これを格好の口実として喚き立てた。

 後にユダヤ人はフリーメーソンを乗っ取ることになるが、もともとフリーメーソンはキリスト教徒の集団で、ユダヤ人はメンバーに加入させなかった。そこで彼等はこの「宗教的不寛容」を言い立てて、先ずイギリスで加入に成功し、そこからヨーロッパ中のフリーメーソンに雪崩を打って入り込んでいった。そして至る所(国)に自分たちのロッジを作り、遂にこの組織を乗っ取ってしまった。

 彼等はいつも先ず言葉を造って、それで相手を攻撃する。耳障りの良い、中身は何もない言葉を造って、彼等にとって都合の悪い人、組織、国を攻撃する。「自由」「平等」「人権」「絶対王制」「ファシズム」「資本主義」「共産主義」「反ユダヤ主義」等々。これらの言葉には何の中身もないが、それぞれの言葉は、ある特定の人間、民族、国を攻撃してきた。

 皇帝ティベリウスは、ティベリウス・ネロ(暴君と歴史は伝える)の息子で、初代皇帝アウグストゥスの養子であるが、ユダヤ人がイエス・キリストを刑死させた時のローマ皇帝である
 ポンピオ・ピラトがローマの属州エルサレムを総督として統治していたが、ユダヤ人が「イエスを死刑にせよ」と言い立てるので、ピラトが「イエスは何の悪いことをしたのか」と聞いても、その問いには一切答えずに、とにかく「イエスを死刑にせよ」と大騒ぎするだけであった
 
 この頃より前、ローマの歴史家バレリウス・マキシマスは、紀元前139年、「ローマの法務官は、ユダヤ人がローマ人の道徳を堕落させようとしたので、故国に戻るよう強制した」と書いている。ユダヤ人がイエス・キリストをローマ軍に処刑させた当時、ローマ帝国は既にユダヤ人に蝕まれ、彼等の要求を入れざるを得ない状況にあったのである。

 ローマ帝国の属州エルサレムは、ユダヤ人の自治を認めていたので、彼等がイエスを死刑と決めて、その執行をローマ軍にさせたに過ぎない。ユダヤ教のラビ(僧)達からイエスの告発を受けたピラト総督は、イエスを尋問した。ところが彼を有罪とする理由が何もなかったが、ピラトはラビたちに煽動・強要されたユダヤ人群衆の要求に応えて、イエスを処刑したのであった。

 「カエサルのものはカエサルに」という言葉が生まれた。政治はローマ皇帝のすることで、「ユダヤ人の自治と言っても、そこには限界がある」、「自治といっても国法は守れ」と言っているのである。従って、この「カエサル」はローマ皇帝を指して言っているのである。 今であれば、さしずめ「アメリカ合衆国はアメリカ大統領に」と言うことになるのであろう。

 かつて、ハロルド・ローゼンタールが「キリスト教徒アメリカ人が、何故この国からユダヤ人を追い出さないのか不思議でならない」と言っている。ユダヤ人を追い出さないと、この国はそのうち壊される、と言っているのである。彼はユダヤ人でありながら、こう言ったので巧妙にテロを仕組まれて消された。(1月7日奥の院通信参照)
 古代における偉大なローマ帝国が、ユダヤ人に乗っ取られて滅んでいった道を、今アメリカ合衆国が辿っているのである。いずれにしても、太古の昔から、世界は彼等の奥の院が統治しているのは変わらない、と言うことである。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する