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憎悪を心に秘めて

 古代ローマ帝国の没落の理由について、研究者や歴史家たちは数多く挙げる。
 例えば、「ローマの没落は、旧い価値観が段階的に崩壊したことが原因である」という。これは、その価値を誰がどうやって崩壊させたかについて説明していない。価値観の崩壊というのは抽象過ぎてその内容が不明である。

 また、ローマ帝国没落の理由のもう一つの理由として、「野蛮人がローマを襲撃した」というのがある。確かに、この方は分かり易く、またこのような事実はあった。しかし、何故なのか。どうして当時、世界で最強だったローマ軍が、戦意を失い、裸同然の蛮族に一戦も交えずして首都ローマを蹂躙されるままにしたのか、よく分からない。

 少なくとも言えることは、それがかつてエジプト、バビロニア、ペルシャの没落のときに起こった現象と全く同じだということである。それも、以前のエジプト、バビロニア、ペルシャの場合と同じく、国中至る所にユダヤ寄生体が形成され、そこの非ユダヤ人に対して、彼等は病的なまでの烈しい憎悪を剥き出しにした。

 カシュタインは『ユダヤ人の歴史』で次のように書いている。
 「ユダヤ人にとって、ローマは憎むべき一切の事柄の精髄をなしており、それ故、地上から一掃されるべきものと考えた。ユダヤ人は、ローマとその発明品である武力と法律を人間にはあるまじき憎悪をもって憎んだ。」

 カシュタインはこの文章の中で、少なくとも、ユダヤ寄生体がいつも非ユダヤ人宿主に対して抱く憎悪の感情を認めている。これは、「人間にあるまじき憎悪」である。この憎悪は凄まじいもので、ユダヤ人にとって最も重要なことは、この感情を相手に気付かれないように隠すことだとされる。

 従って、ユダヤ人は、いつも[平和・和解の象徴]ということでオリーブの枝を携えて現れる。そして彼等の最初の挨拶は、「シャローム」(平和)である。日本人は、「良い天気ですね」とか「みなさんお元気ですか」とか挨拶する。彼等は、何の内容もない「平和」という。ユダヤ人は常に非ユダヤ人にあらゆる悪さをするので、それに言及するなという意味なのであろうか。
 ユダヤ人が業務や会合を持つ時に、秘密裏に行わざるを得ないのは、ユダヤ人の本当の感情を隠す必要性があるからなのである。

 ユダヤ人が自らが破壊した国の人々を憎み続ける。例えば、バビロニアを潰したあと、幾世紀にもわたって、彼等は「バビロンの売女」と罵り続けている。ユダヤ人はバビロニアを謀略でペルシャに滅ぼさせた上で、その褒美としてこの地域での略奪を許され、巨大な富を獲得しておきながら、そのバビロニアを憎んでの言葉である。

 ごく最近でも、彼等ユダヤ人は理由もなくイラク戦争を引き起こして、イラク(バビロニア)を破壊した。ユダヤ人は、こんな歴史を抱えているので、かつてのバビロニア(イラク)が蘇るのは悪夢なのであろう。だから、この歴史を知るイラクの識者たちの気持ちを察すると、ユダヤ人以外は誰しも心が痛む筈である。

 しかしユダヤ人は、あらゆる国家の中でローマをもっとも憎み、今日でも、ユダヤ人の敵に対する絶好の罵り言葉は「ファシスト」である。ユダヤ人の行う悪さを規制しようとする非ユダヤ人の行動を「ファシズム」と叫び、規制しようとする非ユダヤ人たちには、「ファシスト」というレッテル貼りをして、憎悪感情をむき出しにする。
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