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イエス・キリストはユダヤ人ではない

 イエス・キリストが肉体を持ってこの世に出現されたとき、彼は金髪碧眼のガリラヤの住人で、ヨセフとマリアからお生まれになった。

 聖書学者のG・A・ウィリアムソンによれば、「ガリラヤ住民の中には、ユダヤ人はほんの僅かいただけで、特に地方ではユダヤ人の姿はほとんど見られなかった」という。
 また、彼は「この地域は、全体としてヘレニズムに同情的であった」と書いている。つまり、イエスの家族や友人たちを含め、ガリラヤの住民たちはギリシャ文化に好意を寄せ、野蛮なユダヤには反対した、という意味である。

 イエスが人々に話したのは、ヘブライ語ではなく、ガラリヤ訛りのアラム語だったのである。
 こうした全ての事実を、キリスト教学者たちはよくよく知っているはずである。にもかかわらず、「キリストはユダヤ人だった」と主張して、彼らはこの、恐るべき「虚偽と冒瀆」で人々を惑わして来たのである。

 そういう人間は、実は何も信じてなどいないのである。彼らはただ、宗教はぼろい商売で、嘘を言いふらすのが一番儲かる、と考えているだけである。
 更に彼らは、西洋文化全体を言い表すのに、新しい用語を発明した。それは「ユダヤ・キリスト教文明」という言葉である。「ユダヤ・キリスト教文明」という共存文化を讃える論文を書かなければ、今日では、どんな学者も大学で職に就けない。「キリスト教文明」などというのは御法度である。

 「ユダヤ・キリスト教」文化とは、どういう意味であろうか。この言い方は、二つの相容れない対立勢力を結びつけたものである。たとえば、「善文明・悪文明」とするのが、もっとも当たっている。しかも、ユダヤ教が悪を指し、善を意味するキリスト教を後に置いている。

 我々の教会や大学に潜り込んでいるユダヤの宣伝屋たちは、この暗号言葉によって、お互いの正体を見分けるのだ。彼らがイエス・キリストの名を、口にしたり書いたりすることは滅多にない。彼らがイエス・キリストのことを言うのは、「ボロを着た説教者」とか「遍歴の革命家」などと言って、イエスを冷笑するときだけである。

 日本に来ているアメリカ人に「イエス・キリストはユダヤ人か」と尋ねると、一瞬躊躇したあと、「そうですね」と答える。当然のことながら、自信なげである。そして必ず臆面も無く、これをローマ軍の所為にする。
 イエス・キリストを殺したユダヤ人が、イエスの教えを信ずるキリスト教を、乗っ取ってしまったことほどの不思議は、この世にはない。
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