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イエスの裁判は続く

 ユダヤ人たちはイエスに唾を吐きかけ嘲る。ユダヤ人たちは今やイエスを殺すことができると言うことで有頂天になっていた。ユダヤ人がイエスを憎んだ異常さがよく分かる。

 イエスはローマ総督ポンティウス・ピラトの前で裁判にかけられた。ユダヤ法院での審理は、何の法的有効性もなかったが、これが実質的な正式裁判だった。それだけ、この時期、既にローマ帝国内においてユダヤ人の勢力が強かったのである。

 ピラトは、民を惑わした件と、貢物を皇帝に納めるのを民に禁じた件、という最初の二つの罪状を無視した。キリストが王であると主張したという第三の罪状についても、ピラトは無罪と判断した。
 イエスは、王というローマ的な意味での忠誠を、人々に要求したわけではなかったからである。従って、ピラトはイエスは無罪だと判断したのである。

 だが、ユダヤ人指導者たちの怒りを招かないために、ピラトは囚人イエスを、ユダヤ世界の王・ヘロデのもとへ送った。しかし、ヘロデはイエスを送り返してきた。
 そこで、ピラトは三度目にイエスが無罪であると宣告し、この問題から手を洗った。だがユダヤ人は、「キリストを十字架にかけよ」と要求した。ピラトは彼らの要求に譲歩せざるをえなかった。

 ユダヤ人はイエス磔刑の「血の罪」を喜んで引き受けた。この時の情景は、「マタイ伝」第27章が伝えている。

 大祭司たちと長老たちは、ユダヤの囚人バラバを許してイエスを殺してもらうように、群衆を唆した。総督は彼らに聞いた。『二人のうちどちらを釈放して欲しいのか?』
 彼らは言った。
 『バラバを』
 ピラトは彼らに更に続けて聞いた。
 『キリストと呼ばれているイエスをどうしたらよいのか?』
 すると、彼らは全員で言った。
 『十字架につけよ』
 すると総督は言った。
 『なぜか?どんな悪事を彼は冒したのか』
 しかし、彼らはこれには答えず、ますます大声で叫んで言った(異様な雰囲気である)。
 『十字架につけよ』

 ピラトは手のつけようがないばかりか、騒動が起きているのを見て、水を取って群衆の前で手を洗っていった。ピラトはお祓いをしたのであろう。
 『この人の血について私に罪はない。あなた方が始末するがよい』
 そこで、ピラトは囚人バラバを釈放してイエスを彼らにゆだねた。それからイエスを鞭打ってから、彼を十字架に架けるため引き渡した。
 シオンの長老団に煽動され、大声で叫ぶユダヤ人群衆は、たとえイエスに罪がなくとも死ぬべきであると決めていた。そしてユダヤ人は、イエス・キリストを磔刑(公開処刑)にする「血の罪」を、喜んで引き受けたのであった。

 「ユダヤ人は何故イエス・キリストを殺したのか」と聞くと、キリスト教徒は唯「ローマ軍が原因」と答える。キリスト教徒たちは、この肝心なことを、どう教えられているのか、さっぱり分からなくなる。
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