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アーノルド・シュッスラー

 殺害された少年の父親アーノルド・シュッスラーのもとに、アーノルド・リースという獣医師が書いた『ユダヤ儀式殺人』という本が1冊送られてきた。

 これを読んだシュッスラーは、警察に疑問点を問いただし始めた。血を抜かれて殺された自分の子供の状態が、書かれているのと全く同じだから疑問に思ったのである。
 シカゴ警察はローマンというユダヤ人のシカゴ保安官が対応することになった。彼はホルヴィッツという同じくユダヤ人の保安官代理を派遣し、シュッスラー家に日夜常駐させた。シュッスラーが儀式殺人の疑いを言い出す場合に備えたのである。

 暫くして、シュッスラーはホルウィッツに、「もしや、息子たちはユダヤの宗教儀式で血液を採るために殺されたのではないのか」と尋ねた。すると、奇妙なことに、ユダヤの保安官はただちに「シュッスラーが自分の息子を殺害した」として告発したのである。

 シュッスラーは警察本部に連行され、嘘発見器にかけられた。勿論、彼の嫌疑は完全に晴れた。
 しかし警察は、シュッスラーを釈放せず、ユダヤ人医師ステインフェルド博士に引き渡した。シュッスラーはシカゴ郊外の町にある、ステインフェルド博士経営のサナトリウムに拉致された。
 そして、シュッスラーは電気ショック療法を施されて、その日の午後に亡くなったのである。儀式殺人を隠蔽するための更なる殺人である。

 当然のことながら、検死が行われ、ステインフェルド博士は宣誓証言をしなければならなくなった。そこで、彼は、シュッスラーが「幻覚」に悩まされていたと主張した。そして、博士はその幻覚がどのようなものであったかとの証言を拒否した。彼はそれ以上証言することを拒絶した。嘘であるから咄嗟には言えるはずもない。

 シカゴ市の検死官トーマス・マッカロンには、ステインフェルド博士が事実を隠していることは、明らかに分かっていた。そこで、検死官マッカロンはステインフェルドを公然と非難し、そして取材を受けた新聞記者に、この事件の奇怪さを説明した。
 送られてきた患者が療養所に収容されて、ただちにショック療法を受けるなどということは前例のないことだった。ところが、市当局は彼に、この件に関してそれ以上何もいうなと厳命した。

 それから数日後、マッカロン検死官は、殺されそうになるような危険な目にあった。それ以来、彼は恐怖のため、この件に関して誰にも語ることを拒否している。このマッカロン検死官は別にステインフェルド博士の暗い過去を知っていたのである。

 第二次世界大戦中、ステインフェルド博士は、心臓に不規則鼓動をひき起こす特殊な薬物を、シカゴ地区のユダヤ人少年たちに与えた罪で有罪宣告を受けていた。少年たちは徴兵選抜基準不適格として兵役を免除された。兵役逃れである。ステインフェルド博士は、そのそれぞれについて、1件当たり2千ドルの報酬を受け取っていたのである。

 皮肉なことに、警察に守られているはずのシュッスラーは、息子たちと同じ場所で殺害されたのである。そして彼の殺人は、息子の場合と同様に恨みが晴らされることはなかった。戦後も、ステインフェルド博士はデス・プレインズに自分の経営する療養所を開いていた。そして、ここシカゴが、アメリカ中西部におけるユダヤ儀式殺人の大量生産地になったのである。第二,第三のステインフェルド博士がいるのであろう。
 
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