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ゲットー

 ローマ帝国時代、ローマ軍は軍事上の必要からローマに通じる道を切り開いた。そして、これがそのままユダヤ人の交易路となった。ユダヤ人はこの交易路に沿って群れをなして、ローマ帝国内に広がり、行った先で小さな居住区を造り、そこに彼らは閉じこもった。これがゲットーである。

 こうして、ローマ帝国が最大版図を形成した時代に、彼らの住むゲットーが帝国内の至る所にできた。よくユダヤ人は「非ユダヤ人の偏見の所為で『ゲットーに強制的に住まわされた、閉じ込められた』と主張する。
 しかし、これは事実ではない。隔離された場所に住むことを望んだのは、ユダヤ人自身だったのである。彼らは「割礼」や「儀式殺人」のような、忌まわしくよからぬ習慣を持っており、それを非ユダヤ人の目から隠すために、敢えてそうしたのである。

 ヨーロッパは世界の富の中心であった。ユダヤ人は栄えた街に住み着いてゲットーを造ったが、必ず非ユダヤ人と諍いを起こし、非ユダヤ人は彼らを追い出そうと繰り返し努力した。しかし、これが成功したことはない。彼らは必ず戻ってくるのである。ある学者は「ヨーロッパの中世の歴史は、ユダヤ人に対する非ユダヤ人の抵抗史である。抵抗の年代記(クロニクル)である」といった。

 彼はまた次のようにも書いている。
 「何故、このような激しい憎しみがあったのか。どうしてユダヤ人は国から国へ、時代から時代へと、憎まれ、軽蔑され、ゲットー、強制収容所、拷問室に追い込まれ、極悪非道の罪を犯したと非難され、国家の難局の責任を負わされてきたのか。ユダヤ人は本当にこれらの非難を受けるだけのことをしてきたのか、それともユダヤ人が常に主張するように、誤解と偏見と嫉妬の犠牲者なのか。この疑問に対する答えは出さなければならない」と。

 しかし、非ユダヤ人の学者は誰一人、この質問に答えようとしない。それに対してユダヤ人は、ただ、「ユダヤの宗教のために、非ユダヤ人はユダヤ人を嫌うのだ」と言う。
 また、「中世のヨーロッパの支配者たちは、ユダヤ人に膨大な富を蓄積させておいて、その後でユダヤ人迫害を煽動し、その結果、その支配者たちがその富を獲得できた」とも言う。

 疑問は残る。「ではどのようにして、ユダヤ人は行く先々の国で次々に巨額の蓄財が出来るのか、しかも短期間に」と言う疑問である。この疑問については、ユダヤ人は議論したがらない。事実は全く違うのである。
 次々といろんな国で、ユダヤ共同体が富の大半を所有するに至るということは事実である。これに対して、非ユダヤ人はいつの間にか、日々の生活にも事欠く状況に陥ったことに気付くのである。

 この疑問に対する答えは簡単である。ユダヤ人と支配者とが結託するからである。例えば、支配者は徴税の仕事をユダヤ人に任せる。彼らは冷酷無比、有無を言わさず取り立ててくる。支配者にとっては極めて便利な連中ということになる。
 その上、ユダヤ人は儀式殺人のような数々の悪さをし、都合が悪くなるとゲットーに逃げ込む。だから、非ユダヤ人との諍いは絶えない。

 従って、どの時代でも、どこの国でも、ユダヤ人を追放しようとするのは庶民であり、それに対し、何とか彼らを庇おうとするのは支配者らである。庶民が騒ぎ出すから、支配者は仕方なしに彼らを追放するのである。しかし、ユダヤ人は必ずまた戻ってくる。この繰り返しがヨーロッパの歴史である。

 
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