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ハザール王国

 6世紀から10世紀にかけて、カスピ海と黒海の北にトルコ系民族のハザール王国があった。西はビザンチン帝国に接していた。
 8世紀、この国の王がユダヤ教に改宗し、徐々に国民もこぞってユダヤ教に改宗し、ユダヤ国家となった。シナゴーグ(ユダヤ教の教会)が建設され、ユダヤ教の信仰を広めた。

 同じトルコ系民族はイスラム教を取り入れたが、このハザール王国はユダヤ教を取り入れたユダヤ教国家となり、自らをユダヤ人と称した。ここで、本来のパレスティナにいたユダヤ人とユダヤ教徒ハザール人との2種類のユダヤ人が生まれた。後に前者でパレスティナにいたユダヤ人をスファラディユダヤといい、後者のハザール人をアシュケナディーユダヤという。

 1016年、ハザール王国はキエフ公国に滅ぼされた。そこでハザール人はロシアからヨーロッパ全域に逃げていき、各地にユダヤ人居住区を設けて住み着いた。
 一方、パレスティナにいたスファラディユダヤは北アフリカからイベリア半島に侵入し、西ヨーロッパに居住区を設けて住み着いた。

 こうして北アフリカからヨーロッパ全域にユダヤ人居住地が生まれたのである。この経緯からして、自ずと、東ヨーロッパにはアシュケナディーユダヤ(カザール人)が多く、西はスファラディユダヤが多い。
 したがって、生物学的には、ユダヤ人には2種類おり、スファラディユダヤはアラブ人であり、アシュケナディーユダヤはトルコ系民族である。
 しかし、ユダヤ人は何故かこの区別を嫌がる。特にアシュケナディーユダヤが本来のユダヤ民族ではないことを隠したがるのである。

 こうしてヨーロッパ全域、北アフリカ、中東と広大な地域に散らばっていったが、彼らは行った先々で居住区を設けて独自の生活をした。しかし、行った先々でその地の民族と融和することはなかった。彼らにとっては自分たちだけが人間で、他はゴイム(豚・獣)であるから、当然融和はしない。郷に入って郷に従わない。むしろ、行った先々でトラブルを起こし、それが高じて、いった先々の国から追放されてきた。

 何時の時代も、またどこの国でもユダヤ人は問題を起こし、ついには追放されるのであるが、彼らはこれを「迫害された」という。何時の時代もどこに行っても追い出されるので、彼ら自身の側に何か原因があるのでは、という発想は彼らにはない。あくまでも周囲が悪い、我々を虐めると思い込むところに彼らの特殊性がある。

 結果としては、ユダヤ人はだいたい100年その地に居着いて、追い出されるかその国を乗っ取ってしまうかどちらかである。17世紀にイギリスに侵入したユダヤ人が、スチュアート王朝を滅ぼして、イギリスを乗っ取ってからは、イギリスを拠点にして、ヨーロッパの国々を次々に滅ぼして、現在ではほぼ全世界を征服した。彼らが全世界に君臨している。

 彼らユダヤ人に絡め取られたら、そこから逃れるのは不可能である。その支配の締め付けは徐々に厳しくなっていくだけである。しかも、その支配は茹でガエル状態になるので、人々は気付かない。
気がついた時には、もう既に今の中共の人民のようになってしまう。全く自由のない、家畜同然の状態になるのである。
 現在の中華人民共和国は彼らの作り上げた、彼らの目指す国家である。気がついた時には自分の国が現在の中共と同じになっていたということなる。
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