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FRB創設に向けて

 1893年3月11日、アメリカ銀行協会から全米の銀行に手紙が発せられた(回覧された)。

 「国立銀行関係者は、議会による財政法案の緊急立法化を求めている。銀行券および銀の買い入れ代金として発行された紙幣は、回収されなければならない(資金引き上げ)。そして金本位の国立銀行紙幣だけが唯一の金(通貨)とされなければならない。そのためには流通基盤として5億ドルから10億ドルの新たな債券が認められなければならないだろう。諸兄におかれては、その流通の3分の1を回収し(貸し出し制限)、その2分の1の返済を要求(貸し剥がし)されたい。顧客の間に、とりわけ有力事業主間に、金融的切迫状態を慎重に作り出して頂きたい。安定した投資対象銀行としての国立銀行の生命は、迅速な行動にかかっている(早く国立銀行を創りたい)。政府の法定貨幣および銀貨を支持する気運(実は自分たちの気運)は高まりつつあるからである」と。

 この回覧は、1773年に奥の院の祖・マイアー・ロスチャイルド(この時彼は30歳)が、裕福で強い影響力を持つ12人の富豪(銀行家)を招いて会合を持ち、「資金をプールすることに皆さんが同意すれば、世界革命運動を支援、指揮する権限が得られ、それを行動の手引きにすれば、全世界の富、天然資源、労働者に対する支配権が得られる。そして経済不況を作り出して、その経済的悪状況を、国王、その廷臣、貴族、教会、企業家、雇用者の所為にする、革命(戦争)に導ける」と提案し、マイアーが金融カルテルを創設したことを受けている。

 この時、これに対する同意を得たので、マイアーはヨーロッパにおける金融カルテルを完成させた。この120年後の1893年、奥の院は同じカルテルを新大陸アメリカで作ろうとしている。
 この年から始まったアメリカの大不況は深刻となり、翌年1894年7月には鉄道会社が倒産し、全米の輸送体系が麻痺してしまった。

 この時期、アメリカには国立銀行なるものは存在しなかった。第2合衆国銀行の認可期限が切れて、延長が承認されずに、1841年にこれが閉鎖されてからは、アメリカには国立銀行と名乗れる銀行は存在しなかった。にもかかわらず、この手紙(回覧)では、それが存在するかのようにして、全米の銀行に通達している。とにかく、出来るだけ早い時期に、国立銀行(もちろん彼ら私有の)を創ろうとしているのである。

 このために、彼らは、この時に既に発行されている紙幣を、回収しろと指示している。要するに大不況を作り出そうとしている。「中央銀行がなくては困るでしょう」と国民に呼びかけているのである。そして、この彼らの願望が20年後の1913年にFRBとして適えられることになる。
 他方では、謀略でメイン号事件を作り出し、スペインとの戦争(米西戦争)を引き起こして、アメリカ政府に巨額の金を使わせ、アメリカ政府の(奥の院からの)負債を増大させた。

 政府に金を使わせて資金需要を造出する一方で、市場からは資金を引き上げて、大不況を創り出しているのである。「経済不況を作り出して、その経済的悪状況を、国王、その廷臣、貴族、教会、企業家、雇用者(この時は米政府)の所為にし、革命(戦争を含め)に導く」という、奥の院の狙い通りになっている。
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