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やはり名称はFRS

 1913年12月23日、アメリカで連邦準備制度法(FRS)が可決された。

 アメリカでは、第一合衆国銀行、第二合衆国銀行が過去において存在したが、いずれも20年という認可期限が付され、期限が来たらそれで期限延長は認められず、消滅した。
 そこで、どうしても自分たち私有の国立銀行(中央銀行)を持ちたい奥の院は、この時は「銀行」という名称を慎重に避けた。そこで、名称は「連邦準備制度(FRS)」とした。そして、12月23日という特別な日を選んで議会に提出した。

 この日はクリスマス休暇の直前の日で、ほとんどの上院議員は郷里(選挙区)に帰って、議会に出席していない。だからこそ、わざわざこの日を選んで法案を議会に提出したのである。出席していたのは法案を通したい僅かな内輪の議員たちだけであった。

 FRS設立のために周到に準備していた秘密会議のメンバーは次の通りである。

ネルソン・オルドリッチ・・・共和党上院議員で院内幹事、全国通貨委員会委員長、J・Pモルガンの投資パートナーでジョン・ロックフェラーの義父
エイブラハム・アンドリュー・・・連邦財務次官で通貨委員会特別補佐官
フランク・ヴァンダーリップ・・・ナショナル・シティ・バンク・オブ・ニューヨーク頭取、ロックフェラーとクーン・ロエブ商会(ロスチャイルド一族)を代表
ヘンリー・ディヴィソン・・・J・Pモルガン商会の共同経営者
チャールズ・ノートン・・・J・Pモルガンのファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク頭取
ベンジャミン・ストロング・・・J・Pモルガンのバンカーズ・トラスト・カンパニー社長で、のちのニューヨーク連邦準備銀行の初代総裁
ポール・ウォーバーグ・・・ロスチャイルド代理人、クーン・ロエブ商会の共同経営者

 これらのメンバーの中で、中央銀行の設立法案に関与したのは、ポール・ウォーバーグだけであった。設立作業の実務は彼が一人で行ったのである。

 FRBの株主は以下の通りである。
ロスチャイルド銀行(ロンドン・ベルリン)
ラザー・フレール(パリ)
イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)
ウォーバーグ銀行(アムステルダム)
ウォーバーグ銀行(ハンブルグ)
リーマン・ブラザーズ(ニューヨーク)
クーン・ロエブ銀行(ニューヨーク)
ゴールドマンサックス(ニューヨーク)
(以上ロスチャイルド系)
チェース・マンハッタン銀行(ニューヨーク)ロックフェラー系

 FRS設立のために集まった秘密会議のメンバーとFRB株主はほとんど同じで、これらがまさに「奥の院」を構成している者たちである。彼らが世界の基軸通貨ドルの発行権を独占し、世界を支配している。しかも、この事実はほとんど知られていない。


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