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ジキル島での秘密会議

 1910年11月、大富豪7人(昨日の通信参照)がモルガン所有のジキル島に集まって秘密会議を開いた。彼らのために特別列車が仕立てられ、全て偽名で集まった。
 そして、お互いが目的地に着くまでは話をしないようにし、ファーストネームで呼び合った。これだけの大物がそろって行動しているのであるから目立つし、とにかくメディアに感づかれないように、細心の注意を払った。

 新聞記者たちは、世界の銀行家のトップが集まって、ジキル島に向かったということは掴んでいたが、何の目的で集まったかは、数年後まで分からなかった。
 あくまでも、1907年に起きた大恐慌・大不況のための対策を話し合うということにしていた。しかし実際は、連邦準備銀行制度(FRS)の法案作りのためであった。

 表向き、この会議を主催したのは、ネルソン・オルドリッジ共和党上院議員で、彼は1881年以来ロードアイランド州上院議員を勤め、長年上院財政委員会委員長も務めている。
 そして、実務を取り仕切ったのは、J・P・モルガンとポール・ウォーバーグであった。このポール・ウォーバーグは、8年前の1902年にドイツから移民してきた男で、ヴェニスのユダヤ人銀行家ベル・バンコ家の者であるが、アメリカに移ってきて、ウォーバーグと名を変えた。

 以前、今回と同様な法案を、オルドリッジ法案として上程したが、この時はこれが廃案になった経緯があったので、今回は慎重に、大統領のすげ替えをする。現職であり、国民に人気のあった現職大統領タフトに対して、セオドア・ルーズベルト(タフトの前の大統領)を担ぎ出して立候補させ、共和党の票を割らせ、この連邦準備銀行制度に賛成すると約束をさせた上で、ウッドロー・ウィルソンを当選させた。

 この法案を通すために、奥の院は大統領選挙に介入したのである。前大統領セオドア・ルーズベルトを候補に立てて共和党の票を割らせてまでして、ウッドロー・ウィルソンを大統領にした。

 一方、実務の一切を取り仕切ったのはポール・ウォーバーグだった。彼は僅か8年前にアメリカに移住してきて、目立たないように名前まで変えているのである。

 ポール・ウォーバーグの兄はマックス・ウォーバーグで、ドイツに残り、皇帝ウィルヘルム2世の顧問を勤め、第一次世界大戦後はドイツ帝国銀行の役員を勤めている。第一次世界大戦の当事国の双方に、ウォーバーグ兄弟がいたことは、奥の院がその始めから、この大戦を演出していたことの証拠の一端を示していると言える。

 マックス・ウォーバーグは皇帝ウィルヘルム2世の顧問を勤め、ドイツに残って1933年から1938年までドイツ帝国銀行の役員を勤めているので、ドイツの愛国者であったのかも知れない。しかし、第二次世界大戦勃発の前年1938年にはアメリカに移住を余儀なくされている。
 この兄弟は奥の院が第一次世界大戦、第二次世界大戦の双方を演出するに当たっての、重要な役割を担っていたことだけは事実である。ロスチャイルドの忠実な代理人としてよく働いた。

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