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1857年

 パリのアルフォンソ・ロスチャイルドとロンドンのライオネル・ロスチャイルドの娘・レオノラとの結婚式があり、そこでディズレリーが
「ヨーロッパの都市という都市の、いや地球上のどこにいても知らぬ人のいないロスチャイルド家の家長たちがこの屋根の下に集まっておられます。お望みならアメリカを二分して一つをジェームズ貴方に、もう一つをライオネル貴方に差し上げましょう。ナポレオンさえ私の助言通りに行動するでしょう。ビスマルクには彼が有頂天になるような提案を致しましょう。これに依って彼らも我々の奴隷と化すでしょうけれども」と演説した。
 ライオネルは大王様マイアーの孫、、レオノラは同じく大王様の曾孫であり、近親結婚である。パリ・ロスチャイルド家とロンドン・ロスチャイルド家がここで更に深く結びついた。

 ディズレリーは後に首相になるが、この時は大蔵大臣でしかないのに、このようなことが言えるのは彼が奥の院の代理人であることを証明している。

 3年後の1860年、アメリカで実際に南北戦争が勃発する。いや勃発したのではなく、南北戦争をさせられたのである。アメリカはは戦費調達のために、リンカーンがロンドン・ロスチャイルド(奥の院)に資金の借り入れを申し込んだ。奥の院は年12%の利子を要求する。そこでリンカーンは奥の院からの借金を断念し、国家が直接通貨を発行した。これがグリーンバックである。

 これでは奥の院は商売あがったりである。せっかく戦争を起こしたのに戦費を借りてもらえなかったら、当てにしていた利息収入が入ってこない。しかも、国家がこれからも通貨・紙幣を発行するようになる。

 そこで奥の院は南北戦争が終わった1865年、リンカーンを暗殺した。彼は奴隷解放をしたから殺されたというのが歴史で教わることであるが、実際はそうではない。国家通貨を発行したからである。初代大王様が「通貨発行権さえくれれば、どんな政策をとろうといっこう構わない」が言ったが、逆を言えば通貨発行権を奪ったら容赦しないということである。リンカーンの暗殺はこのことを証明している。このことは現在も変わっていない。
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