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クリミア戦争

 ペリーが一回目に日本にやって来たのは1853年6月であるが、この年10月には欧州でクリミア戦争が勃発している。フランス、イギリス、トルコ、サルディニア王国(イタリア)の連合軍とロシア帝国の戦いである。

 舞台はクリミア半島、バルカン半島、黒海、バルト海、と太平洋にまで及んだ。およそ半世紀後の1914年に第一次世界大戦が勃発しているが、このクリミア戦争は第0次世界大戦といってもいいくらいの世界大戦であった。実体は奥の院とロシアの戦いで、奥の院がロシアを取りに行く過程の戦争と言える。

 奥の院はこの戦争でロシアを敗北に導き、次に起こした第一次世界大戦を戦わせる途中でロシア革命を画策し、これに大成功を収め、ロシアのロマノフ王朝を潰した。出来上がったのが奥の院の国家であるソヴィエト連邦(ソ連)である。
 その後、ソ連を東側の盟主と仕立て、それ以外の国を西側に仕立てて、「東西冷戦」と称する戦争を戦わせた。

 話は戻って、奥の院側で戦ったトルコは次の世界大戦である第一次世界大戦で潰した。この第一次世界大戦に参戦させられた日本は、戦勝国側について、奥の院の作った国際連盟の常任理事国に祭り上げられたが、次の第2次世界大戦で完全に潰されてしまった。

 戦争は起きるものではなく、起こすものである。起こすものであるから、起こす人がいるのである。そして、どの戦争でも起こす人は決まって奥の院である。起こした戦争の名称は奥の院が決める。第2次世界大戦は日本は大東亜戦争と銘打って戦ったが、終わったらこれを太平洋戦争と改めさせられた。

 その前に戦わされた「支那事変」も、同じで、続いて起きた大東亜戦争の後は「日中戦争」と言わされている。これを日本(本人)の決めた名称「支那事変」と言うべきだというと、ある著名な、しかも右系の学者先生が、支那事変などと言うのは「害あって益なし」だという。完全に奥の院に洗脳されている。反日メディアが言うのはある意味仕方ないとしても、著名な学者先生、つまり研究者がこれでは情けないことこの上ない。

 世界で勃興してきた奥の院の大きな反対勢力は、第2次世界大戦を以て終了したかに見える。そこでその後に起こってくる反対勢力はそれほど大きくないので、彼らを潰す戦争は「テロとの戦争」と命名した。戦争は彼らが起こし、どちらを勝たせるか、いつ終わらせるかも彼らが決める、そして終戦後の講和条約交渉も彼らが仕切る。

 テロとの戦争を続ける傍ら、彼ら奥の院はまた第3次世界大戦を画策している。当事国はどこか、いつ起こさせるか、いつどのような形で終わらせるかは、まだ見えてこないが、うっすらとは見え始めているのであろうか。

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