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1600年

日本では関ヶ原の戦いがあり、後陽成天皇の御世で徳川家康の政権が誕生する。

 イギリスでは1290年に追放されていたユダヤ人が、およそ300年ぶりに戻ってきた。それからおよそ半世紀後の1649年、国王のチャールズ1世が公開処刑された。一体どのような経緯を経てこのような驚天動地の大激変が起きた(起こした)のか、興味は尽きない。

 この時のイングランドの王はエリザベス1世である。「私はイギリスと結婚した」といって生涯独身を通し、人気があったといわれる。歴史は奥の院が書くのであるから、「人気があった」との評価も怪しいものである。「イギリスと結婚した」と言っても彼女はイングランドの女王であってイギリスの女王ではなかった。

 1603年にエリザベス1世が死去し、後継者がなくその時のスコットランド王ジェームズ6世がイングランド王(ジェームズ1世)となり、スコットランド王とイングランド王の同君連合が成立し(成立させ)、イングランドはスコットランドに併合されて消滅した。現実にはこの女王の時代でチューダー朝は終わり、スチュアート朝となった。

 女性天皇が誕生し、生涯独身を通され、後継者がなく、お隣の半島の李王朝の王が日本の天皇兼務となり、日本の天皇王朝が李王朝との同君連合で「半島日本朝」になってしまうという悪夢が頭をよぎる。先の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に賛成票を投ずるに当たっての条件として「女系宮家創設をすぐに協議する」ということを「付帯決議」として入れさせた日本の奥の院は恐ろしい。

 これから「女系宮家」創設に関して大騒動を起こすのであろう。「モリカケ問題」、次は「花見」と大騒ぎさせ、憲法問題、安全保障の問題など重要問題を議論する時間的を余地を政府に与えず、今度はこの「女系宮家」の問題に移っていくのであろうか?

 メディアを使っての奥の院の謀略は恐ろしい。なにしろ彼らは400年前にイギリスで「チューダー朝」を終わらせ、「スチュアート朝」を誕生させた実績がある。
 そしてまたその「スチュアート朝」も、1688年「名誉革命」と称してジェームズ2世を追放し、オランダから王ウィレム3世夫妻を連れてきてイギリスの王に即位させ、ハノーバー朝を誕生させて潰してしまったという歴史上の実績がある。

 とりあえず今、奥の院は「男女平等論」を持ち出して「女系宮家」創設すべきであると騒がせ、「愛子天皇待望論」「愛子内親王お可哀想」などとメディアを通じ、日本国民を感情論で誘導しようとしている。日本国民はそこに全く気がついていないところが恐ろしい。
 今、世界に主要国として残っている王朝はただ日本の天皇王朝だけである。奥の院は今これを潰そうとしている。「そんなことはない、天皇を護ったのはユダヤ人である」と強烈に反論されたことがあるが、勿論それを信じたい。しかし、歴史を見る時、一抹の不安を感じるのである。



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コメント

[C2] 奥の院

奥の院とユダヤ人の定義を分けないと話が分かりにくいです。カザール人が生き残る手段としてユダヤ人教を信仰してユダヤ人になったという説明が必要と感じます。
  • 2019-12-12 13:51
  • 吉重講座受講生
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