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1773年

 弱冠30才の若き大王様マイヤーがある談合(一昨日22日通信)を行って世界の金融屋が統一行動を取る体制を整えた。これが今に続く奥の院である。

 翌1774年には奥の院からの借金に悩むフランスのルイ王朝では、奥の院の薦めでユダヤ人ジャック・ネッケルが財務長官となった。彼は通貨を乱発してフランスの財政危機を更に悪化させた。いよいよ奥の院がフランスを取りに行くべく、フランス革命の準備を始めている。
 国に金を貸して債権者の立場に立って、言うことを聞かせる奥の院の手法は、場所を構わず時代も変わらず使われる。ほとんどの王朝の台所は、宮廷ユダヤ人(ホフ・ユーデン)が牛耳っていたことは何も不思議ではない。今でも企業の財務担当役員が銀行出身という例はよくあることである。
 
 2年後の1776年、ワイスハウプトがドイツのバイエルン州でイルミナティを創設したが、この年7月、奥の院の植民地であった北米では、ベンジャミン・フランクリン、ジョージ・ワシントン(後に暗殺)ら憂国の志士がアメリカ独立宣言を発布した。
 この時彼らは、「ユダヤを近づけてはならない。さもなくば未来永劫に亘って後悔することになる」といった。

 翌1777年9月27日、イギリスはアメリカ植民地の独立を阻止すべく軍を派遣する。首都フィラデルフィアがイギリス軍に占領されたため、首都をペンシルバニア州ランカスターに移す。しかし翌日には同州の更に奥地のヨークに再移動させている。アメリカ独立戦争が始まる。
 この年12月17日、フランスが独立宣言を出したアメリカ合衆国を承認し、初承認国となった。

 独立戦争はイギリスとアメリカ東部の13植民地との戦争であるが、初承認国となったフランスは植民地側について戦っている。
 1783年、植民地側が勝利し、パリ条約でイギリスは13州の独立を認めた。

 1787年、合衆国憲法が起草され、翌1788年発効した。この合衆国憲法第一章第八条五項には「合衆国議会は貨幣発行権、貨幣価値決定権並びに外国貨幣の価値決定権を有する」とある。
 つまり、「アメリカにおける通貨発行権は議会にある」と明記されているのである。米国のこの通貨発行権をこれから奥の院が奪取するのである。大王様は言った「政策はどんなものでも良い、通貨発行権さえくれれば」と。

 この時から、アメリカではこの通貨発行権を巡って死闘が繰り返されることになる。
 奥の院側は1791年に第一合衆国銀行を、1811年には第二合衆国銀行を創設し、いずれも20年という期限がつけられたため、期限切れとなって消滅したが、最後は1913年にFRBを創設して米国を乗っ取ったのである。この間、リンカーンを始めとして多くの大統領が犠牲になっていく。

 独立戦争を戦ったジョージ・ワシントン将軍は1789年から1799年まで初代大統領を務めたが、任期途中の1799年12月14日、瀉血(血を抜く)によって殺害された(67歳)。瀉血は一つの治療方法ではあるが、抜きすぎると死亡する。ユダヤ人医師による殺害である。
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