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1828年12月

アンドリュー・ジャクソンがアメリカ合衆国大統領に選出された。1817年第2合衆国銀行が設立され、その認可期限20年の間である。

 1826年、フリーメーソンがウイリアム・モーガン暗殺事件(28日の「ウィーン体制」を参照)を起こし、アメリカでは奥の院フリーメーソンに対する反発が起きていた。メーソンの半分は脱退したと言われている。
 1832年、アメリカでの反フリーメーソン全国大会で下院議員サディウス・スティーヴンズが「合衆国政府の要職の殆どはフリーメーソン(1部のメーソンでユダヤ人)によって占められている。誓いに束縛された秘密殺人組織で共和政体の存続を危うくする。自由の精神がそこに住む人々を自由にしているところで、先ず考慮されなければならないのはフリーメーソンを破壊することではないのか」と演説した。この時代はこんなことが議会で言えたということは驚きであろう。

 この年、ジャクソン大統領が第二合衆国銀行法更新を拒絶した。以後凡そ80年間米国には中央銀行が不在で、そのためにアメリカは大発展をする。政府(国民)が奥の院に利息を払わなくても良いのであるから大発展するのは当たり前である。しかし1913年にFRBが出来てアメリカは死を迎えることになる。

 ちょうどこの年、スコットランドのユダヤ人ウィリアム・ジャーディンと同じスコットランド出身のユダヤ人ジェームズ・マセソンがマカオでジャーディン・マセソン商会を設立した。後に1859年(安政6年)、このジャーディン・マセソン商会が日本に横浜支店(英一番館)を開設し、日本の維新騒動をハンドリングすることになる。孝明天皇崩御を機に、薩摩・長州を使って幕末の攘夷運動を一機に開国に変えてしまった。

 そしてまた印度のボンベイではデイヴィッド・サスーンがサスーン商会を設立して、イギリスの東洋貿易を始め、アヘン貿易で財をなす。
 その後は彼らは香港、上海にも営業所を設置した。南北戦争によりアメリカ産綿花の輸出が途絶えたのを機に、印度産綿花を輸出する。彼はバグダード出身のセファルディム・ユダヤ人で、1853年にイギリス国籍を取得した。
 後にサッスーン家はパリロスチャイルド家のアリーン・ロスチャイルドを娶って、奥の院大王家と姻族関係を結んでいる。彼らも奥の院入りを果たすのである。

 奥の院はこのジャーディン・マセソン商会やサッスーン財閥を使ってアジア経営をしていた。それに正義感から挑んだ日本は、先の大戦・大東亜戦争で潰された。尤も正義感からと言うのは少し言い過ぎで、日本人の正義感を奥の院がうまく利用して奥の院に挑ませた、という方が正確かも知れない。
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