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お復習い

 1649年、国王チャールズ一世を公開処刑してイギリス王朝を潰した。この歴史を後世の人が学ぶと困るから、彼らはこれを後の世のため「清教徒革命」(ピューリタン革命)と命名して、彼らは良いことをしたと歴史に刻んだ。

 イギリス王朝を潰す役割を終えたイギリス貴族クロムウェルを、護国卿として一時期支配者に祭り上げたが、彼の死後オランダからウィレム三世を連れてきてイギリス王とした。これもこの通りの歴史にしてはまずいから、このための血は流れなかったと言って「名誉革命」として歴史に刻んだ。

 国王にしてもらったご褒美にウィレム三世は、彼らの要求であるイングランド銀行を設立を勅許で認可した。これで彼らは英国通貨ポンドの打ち出の小槌を手にした。

次はフランスで、ブルボン王朝の支流であるオルレアン公を使嗾してルイ一六世と妃のマリー・アントワネットをギロチンで公開処刑し、フランスのルイ王朝を潰した。これもその通りの歴史としては困るから「フランス革命」と命名して、後世の人に伝えた。絶対王制に耐えかねた民衆がルイ王朝を潰したという歴史にした。

 イギリスとフランスを手にした彼らは、今度は欧州全体を我が物とすべく、欧州を戦乱の世に陥れ、欧州の王朝を次々と潰していった。
 そしてほぼ同時期にアメリカを取りに行った。独立戦争を経て南北戦争を企画し、アメリカを支配下に置く。ここで先達のスペインと衝突するが、これは簡単に始末して支配者に収まった。

 その後「リメンバー・メイン」(メイン号を忘れるな)とか言ってアメリカ国民を扇動し、米西戦争を引き起こして、スペインの植民地だったアジアをちゃっかり我が物とし、フィリピン他アジアの国々をアメリカ(奥の院)の植民地とした。

 次は当時世界最大の王国であった清国を阿片で潰した。清国を潰してカオス状態になった支那大陸で、後継皇帝を狙う軍閥をお互い争わせ、ついでに日本と対立(支那事変)させて、うまくこの支那事変を煽って発展させ、先の大戦に持ち込んだ。

 最後は、アジアを護ろうとしたお人好しの大日本帝国を、支那軍閥の一つ蒋介石を使って、先の大戦に持ち込んで潰した。この時は、最後の敵として、また民族問題もあり、憎しみが手伝って、原爆投下という史上最大の戦争犯罪を犯してまで、日本を徹底的に潰した。原爆による日本人虐殺を戦争犯罪と言わせないところがまた奥の院のすごいところでもある。「繰り返しません、安らかにお眠り下さい」と碑に書かせた。これに怒ってペンキを塗った男が逮捕された。

 今では勝った奥の院に精神まで犯され、日本は国全体が奥の院の傘下に入り、嬉々として奥の院の手先となっている。「アメリカ様」(奥の院)とアメリカを礼賛している人が多い。日本はそうせざるを得ない立場に立たされているからでもある。

 こうして大王様の世界支配は完成した。ところが世界が完全に平和になると、一番困るのが奥の院である。彼らの商売は戦争であるから、平和は敵である。さあどうしようかと、思案しているのが現在世界が置かれた環境であろう。戦争の火種造りに躍起となっているところである。彼らは人類全てを奴隷にしてしまうまで戦争を止めない。

 北の坊やを使うか、イラン革命防衛隊を使うか。とりあえずイランの大将を殺害した。先はなかなか読めないが、主役ははっきりと分かっている。要はこれから大王様はどうするつもりかである。

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