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1833年

 イギリスでは新特許法が出来て、イングランド銀行券が法貨となり、イングランド銀行は完全なイギリスの中央銀行(民間で奥の院の銀行)となる。
 他の銀行は部分準備貨幣を発行していて破綻するが、イングランド銀行だけはいつも救済されていた。奥の院の銀行であるから当然のことであろうが、他の銀行同様民間銀行であることには変わりはないにも拘わらず、この奥の院の銀行だけは救済されたのである。

ゲーテは「債権者や軍隊に支払う金が不足した皇帝・国王に対し、悪魔は紙幣の発行(悪魔から金を借りる)を提案する。この時担保がなかったら、後で金を掘り起こせば良い」と言って、悪魔は皇帝を説得したという。ゲーテはよく分かっていたのである。

 この年9月、アメリカ大陸ではジャクソン大統領が、第2アメリカ合衆国銀行に政府の資金を預託することを終わらる執行命令を出した。第2合衆国銀行が政府の銀行ではないと言うことを宣言したに等しい。

 翌年1834年12月、イギリスでは第一次ピール内閣が発足する。そしてこのピール内閣でイングランド銀行の通貨発行権の独占が認められる。

第2合衆国銀行の認可期限が切れる1836年の前年1835年1月30日、アンドリュー・ジャクソン大統領暗殺未遂事件が起きる。しかし彼は第2合衆国銀行の認可期限延長を許可しなかった。

1836年、第2合衆国銀行の認可期限が切れると同時に、第2合衆国銀行は消滅した。この時から1913年までの凡そ80年、アメリカには中央銀行に相当する銀行は存在しなかった。そしてこの間アメリカは大発展を遂げる。奥の院は、ここから再び自分たちの銀行を持つべく、盛んに仕掛けを試みる。

 翌1837年には奥の院は大恐慌を演出した。ここで1774年に、大王様の祖マイヤーが裕福で強い影響力のある12人の富豪を招き、貸し出しに関して共同歩調を取るという提案を承認させ、金融界が貸し出しに関するカルテルを結んだことが効いてくるのである。好況不況を自由に演出できるからである。
 大陸のことではあるが、金貸しは何処も同じで、プレイヤーも同一人物たちであるから、大陸を不況に陥れることくらいは簡単なのである。
 そして奥の院・大王様はオーガスト・ベルモントをアメリカに送り込むことになる。彼はアメリカに渡り、アメリカでキャロライン・ペリー(日本にやって来たペリー提督の娘)と結婚し、奥の院のアメリカでの活動を始める。

 ここから奥の院は、アメリカに国立銀行のような振りをした中央銀行で、かつ自分の銀行(アメリカ国家とは関係のない民間銀行)を作るべく活動を始めるのであるが、まだこの頃は分かっている人も多く、一筋縄には行かず、数々の陰謀を企んでいく。
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