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米墨戦争

 1836年、第2アメリカ合衆国の認可期限延長が認められず、奥の院はアメリカでの銀行を失った。つまり、奥の院はアメリカでの通貨発行権を失ったのである。

 そこで奥の院は、何とかしてアメリカ政府に再び奥の院の銀行を認めさせる(通貨発行権を認めさせる)べく活動を始める。
 それにはアメリカ政府に金を使わせて、アメリカ政府を財政難に陥らせ、奥の院に資金を借りに来させるように仕向ける。
 それには米政府に金を使わせる必要がある。一番金のかかるのは勿論戦争である。そこで1846年、メキシコと戦争させる(米墨戦争)。しかも、この頃カリフォルニアで金が発見され、ゴールドラッシュが始まる。

 アメリカはこの米墨戦争でメキシコを倒してグアダルーペ・イダルゴ条約を締結して、カリフォルニア州とニューメキシコ州及びその周辺地域をメキシコから奪った。この時に、現在のアメリカ合衆国の版図が確定したと言える。
 南北アメリカの土地は、まず奥の院がスペインを使って現地人を全て虐殺して、奥の院がこの土地を奪った。西部開拓という美しい名前をつけて、アメリカ現地人を虐殺しながら西へ西へと侵略し、スペインが占領していたテキサス地域をスペインから独立させて、メキシコ共和国を作っていた。
 その上で、1845年3月、米国はこのメキシコ共和国を併合した。これが原因となって米墨戦争となったのである。

 アメリカが米墨戦争をはじめた1846年、日本近海にはジェムズ・ビルド提督率いる米国軍艦2隻(奥の院)が浦賀水道に来航させ、通商を打診してきた。これに対し浦賀奉行は通商を拒否し、退去勧告を出した。ペリー来航の7年前のことであった。
 この頃は既に奥の院の船が相当数日本近海に出没している。

 奥の院は、この時点では既に北米大陸支配する体制を整えていた。後は彼らの中央銀行を造るだけのこととなっていた。

 そして欧州では1815年体制(ウィーン会議後のウィーン体制)で落ち着いていた政治状況を、1848年に欧州各国で同時革命を起こして、奥の院があらゆる国の支配権を確立する。欧州各国の政府の枢要な地位をユダヤ人が独占する。
 その後1913年に米国にFRBを作って、アメリカの通貨発行権を手にして、第一次世界大戦を起こし、更に、その終結時にロシア革命を起こしてロシアの支配権を奪ったのであった。

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